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2005北海道マラソン ++++++++ マラソン大会の完走記2004-2005

2005/08/28 00:20

北海道マラソン2005
2005年8月28日(日)午後0時10分 男女同時スタート


<北海道マラソンに参加するまで>

昨年の8月,まさか自分が北海道マラソンなるものに参加しようなんて微塵も考えていませんでした。

その頃は通っているスポーツクラブでのエアロに夢中になり,中上級クラスのレッスンに出て,毎月のコリオを覚えるのが楽しくて楽しくてしょうがない時期でした。

最初の頃なんて,1時間のエアロが終わると完全に過呼吸状態で,シャワー室でも息苦しくなり,何度もしゃがみこんでいたものです。

それが徐々に呼吸も楽になり,イントラさんが指導するチョット複雑なアームワークにも何とかついていけるようになったころでした。

ただ,以前からスタジオレッスンの空き時間や,プログラムが無い時などにはトレッドミルで少しは走っていました。

それこそジムに出入りした頃は,5分と続けて走ることなんか出来なかった私です。

それが10分20分30分と少しずつ走れるようになり,それにつれて汗もかくようになり,ベルトが汗に濡れるのが快感になっていたことは事実です。(変態じゃありませんよー 笑)

しかし本格的に走るなんて事はしていなくて,ただ汗が出るのを楽しんでいたというのが正直なところです。

その後のことは,以前の完走記に何度も書いているので詳しくは書きませんが,9月末に屋外で初めて8キロを走ってから,禁煙を実行し,10月から外でのランニング練習を少しずつ行い,11月に初のレースを経験しました。

その後は北海道の長い冬がやってきて,ランの練習先はつどーむ一本。

しかしジムでの練習量が増え,トレッドミルでの練習もするようになり,エアロの本数も毎月増加していきました。

この練習量とともに身体付きにも変化が生じてきました。日増しに体重が減り,ウエストが細くなっていきます。

この頃からでしょうか,久しぶりに会う人たち,口々に言われました。「やせたんじゃない?」「どっか身体わるいの?」「病気したんじゃない?」

でもこの北海道マラソン直前には,さらに同様なことを言われる機会が多くなりました。

それだけ短期間に身体の変化が起きていたのでしょう。自分では気づかないものですが,他人様からはどーしちゃったんだろう?と写るようです。

そんな冬場の練習を重ね,初のハーフレース「豊平川ラン&ウォーク」に参加し,運よくも北海道マラソン参加資格が取れたのでした。

しかしこの時点でも,北海道マラソンなんてまだまだ,1回しかハーフを走ったことの無い自分になんて,夢のまた夢。とてもレースにエントリーするなんて考えられませんでした。

走友の方々から,せっかく参加資格が取れたんだから出てもおかしくないよとか,今年出ておかないと来年まで長いよーとか,その時期になると話題が道マラ一色になって寂しい想いするよーとか,いろいろなお話しが耳に入ってきました。

それでもエントリーするなんて,現実のものとして考えてはいませんでした。

それがどーしてしまったのか,ラン&ウォークの完走記を打ち終わった時には心を決めていたのでした。

そして翌日には郵便局へ向かっていたのです。その時の申し込み用紙は,走友さん方との合同ラン食事会の時に江別市民さんからいただいたものだったのです。

その時手元に申し込み用紙がもし無かったなら,今年エントリーしていたかはわかりません。

江別市民さんの責任は重大だったのですぞー。(笑)

やはりいろんな方からのお話しの影響もあって,完走記を書いているうちに現実味を帯びてきて,ある種興奮状態に陥っていたのかもしれません。

申し込みをした5月9日の日記を読み返しても,興奮状態なのが伝わってきます。

その時,大会までの3つの目標を立てています。

1,朝夕の時間帯を有効に使う。
2.釧路湿原マラソンを長丁場の調整とする。
3.体重を56キロ台までもっていく。

1では特に朝の練習が課題でした。元来夜型の私にとって,朝早くに起きて練習するなんて,とっても考えられませんでした。

それが6月くらいから朝起きて走るようになったのです。私にとっては一大革命です。練習日記を見返すと,6月だけで7日も朝ランしています!

2の釧路湿原は参加して本当によかったと思っています。20キロ以上のレースを一度も経験しないで臨んでいたらどうなっていたことか,恐ろしいくらいです。

3の体重は見事目標を達成。一時は55キロを切った時もありました。(現在はまた57キロ台に戻ってしまった(^_^;)

あまり大きな目標ではありませんが,3つとも達成できたことには自分でもうれしく思います。特に朝起きて走れるようになったことは,私にとって大きな事件でした。

そんなことで順調に走行距離も延び,6月の千歳日航JAL国際マラソン,2度目のハーフレースに参加します。

この完走記にもうだうだと書いてありますので,簡単に書きますが,この大会にはこっ酷く自信を打ち砕かれました。

かろうじて初ハーフの記録は更新できましたが,レース中の苦しみ,レース後の後遺症,どれをとってもラン&ウォークの時より厳しいものがありました。

千歳が初レースだったら,間違いなく北海道マラソンにはエントリーしていなかったと断言できます。それくらい苦しいレースでした。

でもこの不安と緊張感を持って北海道マラソンを見据えたことが,かえって良かったのかもしれません。あくまでも今考えると,ですけれど。

6月を過ぎ,仕事の忙しさもピークを迎え,出張先の釧路で走ることも多くなりました。

今年は4年に一度の大きな仕事がある年,会社にとっても正念場の時です。

社員全体が必至になって仕事をこなしている時に,朝夕と業務時間外とはいえ,ランニングしている自分に後ろめたさを感じながらいたのも事実です。

我々営業の場合,現地に赴くと,業務時間なんてあってないようなもの,夜討ち朝駆けなんて当たり前の世界です。

昨年まで出張先で,毎晩のように飲み歩いていた人間とは思えないくらいの,朝夕の過ごし方です。

時々珈琲を飲みに行く紅茶専門店ラスカベツのマスターから,春採湖畔の周回コースが練習に良いと教えてもらって,朝夕と走り始めたのもこの頃です。

本格的に外ランが出来るようになった4月から254キロ,5月250キロ,6月244キロと順調に距離を踏むことが出来ていました。

そして本番前の月間最長距離達成に向け,月中15日すでに168キロを走って月間300キロは確実と思われた翌日に,あの尿管結石の激痛に襲われたのです。

このあたりの経緯については釧路湿原マラソン完走記に,まるで闘病記のように書いてありますので,詳しくは記しませんが,マジで痛かった!

そんなアクシデントもありましたが,無事大会前1週間に開催される「夕涼みマラソン」までやっとたどり着くことが出来ました。

この大会は江別市民さんに,大会前の調整レースとして勧められ参加したのですが,本当のところは参加賞の無料入浴券とビール券につられたというのが真実です。(笑)

スタート前までは物凄いどしゃ降りの雨で,スタート後は雨が上がりましたが,とても蒸し暑くけして走りやすいコンディションではありませんでした。

目標は100分切りのペースで走り,大会最低ペースの5分半が少しは楽に思えるようになればいいなと考えてました。

しかし100分を切ること自体なかなか大変で,やっとのことで98分台の走りでした。ゴールした後も呼吸が苦しく,ハーフレースがそんな甘いものではないことを思い知らされたのです。

ただしレース後は予定通り,サンシャインSCの芋洗いのようなお風呂でしたが,気持ちよく入浴,枝豆とビールで水分補給をさせていただきました。

その後,悪友と合流し,更に飲みつづけたのは言うまでもありません。悪癖は生まれ変わらなければ治らないかもしれません。(^_^;

そんなことで1週間後に控えた北海道マラソン,この日以降は極力疲労を抜くようにして,トレーニングも軽いメニューにすることにしました。

食事は炭水化物中心のメニューにし,朝昼晩とご飯やぱすた,うどん等を食べまくりです。練習量も少なくしているのであっという間に,3キロの体重増でした。

1キロ体重が増えると5分もタイムが落ちる,などと読んだり聴いたりしていたので,こりゃぁいけないと慌てたものです。

カーボローディングって体重が増えますよね。(笑)

そして3日前からは完全に休養,身体をまったく動かしませんでした。こんなんでいいのかな?って焦りもありましたが,ここはグット我慢の体力温存です。

この3日間はホントあっという間に過ぎ去って,いつのまにか大会当日となっていました。

この間は練習こそしていませんでしたが,Ogamanさんのアドバイス,完走へのイメ-ジトレーニングは随分としました。

走れる…,大丈夫…,完走できる…,絶対最後まで走りきる…,中島公園にたどり着こう…,ゴールではおもいっきり両手を揚げよう…,そんなことをいつも考えていました。

もちろん不安は一杯です。なんたって練習では37キロまでは走ったことがあるけど(1度だけ),40キロ以上を走った経験がありません。

まさに未知の世界です。どんな艱難辛苦が待ち受けているのでしょうか?想像すら出来ませんでした。

しかしこのイメトレが功を奏したのでしょうか,何となく自分は完走できるんだ,ゴールゲートをくぐることが出来るんだ,と思うようになったのです。

一種の自己暗示でしょう。もちろん沢山の不安はありましたが,女房にも「オレ,もしかしたら完走できるような気がしてきた」と話していたほどでした。

会社の同僚,数人にも北海道マラソン出走のことも話し…,あっ!そうそう 2日前には会社の慰安旅行で定山渓温泉に1泊2日で旅行に行っていました。

2日前から禁酒と決めていたので,この宴会でのお酒抜きはつらかった~。(^_^;

ウーロン茶ばかり飲んで,ご飯もお代わり二膳,二次会でもおにぎりパクパクで,すっかりお腹が膨れてしまいました。

今考えると,この時のカーボローディングが終盤の踏ん張りを生んだのかも?(そんなこたぁーないか)

そこでも会社の同僚数人には出走の話しをしていて,自分にプレーシャーをかけています。

Ogamanさんばりに,メーリングリストを作って同僚数人がGTmail速報を受け取ることになりました。(ただこれは私の設定ミスで,まったく速報が届かず,みんなに迷惑をかけてしまうことになるのですが…)

そんなことで旅行の翌日帰りがてら,中島公園パークホテルに寄って受付を済ませてきました。

地下鉄出入口横からゴールゲートまでのヴィクトリーロードを,イメージしながら歩きました。

明日,必ずここまで戻ってくるんだ!この両脇には沢山の応援の人達が応援してくれている。

歓声の中を一歩一歩ゴールに向かうんだ。絶対完走してやる!

<大会当日>

前日の夜は,やはりなかなか寝付けないものです。寝苦しかったのもありますが,2時近くまで布団の中であっち向きこっち向きしていました。

女房もタケダファミリーのスタートが早いので,早めに床に付きましたが,同じく寝付けなかったようです。

それでも朝6時に目覚めると,気になっていた空を見上げます。

天候は予報どおり,最高の青空です。最高気温29度,厳しいレース展開を予感させてくれます。

まずは休日日課のゴロ散歩にでかけ,ストレッチをしてきます。興奮も緊張もなく,いつものように散歩道を歩くことが出来ます。

朝食はトーストにバターと蜂蜜,ベーコンエッグ,プロティン入りのミルク,野菜サラダ,コーヒーのいつものメニューです。

女房はスタートが早く,友人と一緒に真駒内に向かうというので,私より先に家を出ます。

自分は女房のゴール時間に間に合うよう,8時半のJRに乗って札幌駅まで,地下鉄に乗り換え真駒内までの行程です。

地下鉄内には北海道マラソンの荷物入れビニールバックを担いだランナーで一杯です。

自分の荷物はこのビニール袋に入れ,荷物を預けるのです。その荷物は専用トラックで,ゴールである中島公園に運んでくれるのです。

真駒内競技場に到着すると,ちょうどタケダファミリーマラソンの人達がゴールしていました。

女房は1時間を切るのが目標。到着したのがスタートから45分後です。あともう少しで向こうに見える小さな橋を越えてやってくるでしょう。

次々と競技場内に入ってくるのを見ていると,橋を越えてやってきた女房の姿が見えました。55分前後だったでしょうか。

あまり苦しそうな顔もしていなかったので安心してシャッターを切りましたが,走っている人間を撮るってなかなか難しいものです。2枚しか撮れませんでした。

結局58分台でゴールできたようで,本人も目標達成!残るは私の初フル初完走です。

嫌が応にも気持ちが高揚してきます。

競技場前の芝生には,すでに沢山の参加者達が場所を取って,ストレッチや談笑,軽い食事などをしています。

去年の10月,軽い気持ちで走ろうかなーと,はっきりした意志ももたずに迷っていた頃、北海道マラソン完走記を読んで痛く感動し,走る意志を固めたものでした。

そこにはすでに数人のお仲間さんたちが集合しており,ポン太さん,シーハイルさん,江別市民さん,tanさん,NO.71さん,ジュンジュンさん,LEONさん,ますたー,猿吉くん,どんどん集結してきます。

まわりの先輩ランナーさんがたから色んなアドバイスを受けながら,近づいてくるスタート時間を待ちます。

補給食は持参のおにぎり一つ。その分水分は朝から絶え間なく摂り続けています。地下鉄を降りてからずっとペットボトルを持ちつづけていました。

右腕にはサインペンで関門閉鎖時刻を書き入れます。持ってきたのが水性だったので,汗をかいて何かでこすると流れてしまいました。

それでも何とか判読できましたが,走ってる最中に確認するのには容易でありません。腕に直接書くならば油性サインペンをお奨めします。(^_^)

いよいよスタート30分前です。自分の荷物をトラックに預けに行きます。ナンバーごとに分かれて,5?6台はあったでしょうか?

ますたーが見つけて言ってました。「このトラックって新聞配送車なんだねー」 どうもそうだったようです。

そのまま江別さん,ますたーと競技場内に入ります。決められた入場口から入らないと,シューズにつけたチップが認識されないと説明が気にありましたので,この入り口で本当に大丈夫なのかな?と不安になりましたが,江別市民さんに確認すると「大丈夫!心配しなくて」と言われ,少しホッとしました。

競技場の中はナンバーカードごとにプラカードで位置が示されていて,江別さんのナンバー前後のプラカードが一箇所抜けていました。

係の人に尋ねていましたが,どうも抜け忘れたらしく,そんなハプニングもありました。

この時間になると気温がドンドンあがってきて,アナウンスによるとすでに競技場内は30度を超えたとのこと。かなり強い日差しが照り付けてきます。

私のナンバーは4439,最後列から3-4列目前のほとんどドン尻からのスタートです。

あまりの暑さにウォーミングアップをする気も起きず,トラックの一番外側にある軒下に日陰があるのを見つけ選手達が皆,直射日光を避けに入っていました。

自分もその中に入ってじっとスタート時間を待ちます。(ここは案外涼しくて居心地が良かった)

そしていよいよアナウンスがスタート10分前を知らせます。

皆,軒下から出て行き自分のプラカードの位置につきます。

時間が経つにつれ少しずつ少しずつ列が前に押していきます。

後ろを見ると自分の他には数名程度しか残っていません。ますたーはニコニコしながら後ろの方で足踏みをしています。我々,本当のドン尻スタートです。

スタンドを見ると女房と友人が手を振っています。自分も気が付き,大きく手を振ります。

途中,中間地点での往路・復路ともに待っていてくれる約束で,早く移動したかったはずですが,スタート時間まで居てくれたのです。

さていよいよスタート5分前。さらに列は前に前に移動していきます。

スタートラインまでのロスタイムはどのくらいだろう?2-3分は覚悟しなければ…,等と考えているうちに本当にピストルの号砲と同時に花火が高々と上がりました。


<スタート>

最初はそろそろ歩き程度でしたが,以外に早くスピードも上がり,スタートラインまでのロスは1分20秒程度です。

(こんなもんか…,とはじめは思いましたが,私のようなギリギリランナーにとってこの1分20秒のタイムは後になってどんなに大事な時間だったかが理解できるのです。)

競技場の出口では,金管のバンドが高らかとダンスナンバー(確かオーティス・レディングの曲)を奏でてくれます。

おっ,いいぞ!こんなファンキーなナンバーを演ってくれるなんて,テンション上がるぜ!

競技場を出てからすぐ物凄い勢いで左にコースアウトしていく選手がいます。行き先は公園内のトイレでした。あんなスタート直後に行く人もいるんですね。

真駒内通りでは,すでに大勢の市民が沿道で応援してくれています。

ここから5キロ地点までは上り坂で,あまりペースアップをしない方がよいと,雑誌やらいろんな方からもアドバイスをもらっていましたので,関門に引っかからない程度のスピードで走ります。

そして最初の給水ポイントです。

これもいろんな方から聞いていたとおり,最初のテーブルにはほとんどコップがありません。

確か3番目のテーブルにコップが比較的残っていたのでそこに向かうと,みんな同じようにそのテーブルに殺到していきます。

テーブルについてコップを取ろうとすると,後から後から人が押し寄せてきてテーブル自体が倒れるところでした。さらに私に思いっきりぶつかってきた輩もいて,一瞬怒鳴ってやろうと思いましたがそこはグット押さえて逆に押し返してやりました。

やはり最初の給水ポイントは聞きしに勝る激戦地帯でした。この後も同じ状態が15キロのポイントあたりまで続いたでしょうか,暑さのせいもあったのかもしれません。

その後自分は給水ポイントで水を取らなかった場所はありません,スポンジこそ毎回取りませんでしたが水だけは取るようにし,更に頭から何度水をかぶったことでしょう。それだけ当日の暑さは厳しいものがありました。

5キロ地点が近づいた時,一人のランナーが怒鳴り散らすように,「早く前に進まないと関門に引っかかるぞー」と言いながらスピードを上げていきました。

なにキリキリしてんだろー,って思っていましたが…。


5キロ通過タイム 28:14 貯金46秒 危なかった(汗)


中の島通りから10キロ地点まではほとんど最後の団子状態。前も後ろもランナーだらけ。(当たり前か 笑)

スポンジもすぐには取れません。給水と同じく,最初のテーブルはあきらめて先のテーブルを目指します。

10キロを通過するあたりでは気温も上昇し,27度まで上がっています。

スポンジの水を頭から絞り,びしょ濡れになって走りますが,すぐ乾いてしまうくらいです。同時に二つスポンジを貰い,ひとつは頭にかけ,もうひとつは背中にかけました。

しかし背中にかけた水は真っ直ぐお尻から足元に流れ込み,シューズの中まで水浸しになってしまいました。

失敗した!と思いましたが,何の事はない,すぐに乾いてしまうほど気温が高かったのでした。

10キロの地点を通過したあたりでは,「30キロまではウォーミングアップ,あせっちゃいけない,早く走ることはない,関門を無事通過するだけ」と自分に言い聞かせながら走っていました。

30キロからが勝負,その先は未知の世界,無い力を温存させなければ。そのことだけを考えて10キロ地点を通過します。

そして10キロ通過のGTmailが,女房や会社の仲間たちに届いているんだ,この先も発信し続けよう!と自分を励ましているのでした。後にとんでもない思い込みだったことが判明するのですが…。(^_^;)


10キロ通過タイム 54:40 貯金2分20秒 まだ危ない


平岸通りの商店街を直線的に走りつづけます。

北区に住んでいる私にとって,このあたりは普段めったに通ることの無い地域です。沿道にはびっしりと応援の人たちが並んで旗を振ってくれています。

それでも豊平6条あたりの風景には見覚えがあります。かなり町並みも変わって,東豊線の地下鉄駅などが出来ましたが,私の母校の名前がついた駅名の前を通ります。

あの頃はめったに学校に行かない不良学生でしたが,たまに学校に行く時には中島公園の地下鉄から南大橋を渡って水車町まで行くあの橋が恨めしくて。特に雨・雪・風の日には何度引き返したことか。(^_^;)

今では便利になったものです,通学で地下鉄駅を上がったらそこはもう大学なんですもの。現在の学生がうらやましい。あの頃もそうだったら毎日通ったのに!(うそうそ 笑)

そんなことを考えながら1条大橋を渡り,中央区へと侵入していきます。


15キロ通過タイム 1:20:43 貯金4分17秒 ちょっぴり余裕出来た


アンダーパスをくぐって抜けると北光線東8丁目通りを走ります。やっとこのあたりから普段車でも通行する道になります。やっぱり見慣れている風景を走るのは気分的にも楽です。

東区役所のあたりにも沢山の応援が,とってもありがたく沿道の人の顔もまだよく見ることが出来ます。

すると,大きな声で応援している女性が遠くに見えます。やっぱりこあきさん姿煮さんご夫妻です。

「いーぞーその調子!」と声援をいただきます。この後何度声援をいただいたか,35キロ過ぎの叱咤激励が無かったら完走出来たかど-か。(^_^;

そのまま北上し,北24条で左折し西に進路を変えます。

このあたりも学生時代住んでいた場所。懐かしい風景です。

あのはらぺこのお腹を満たしてくれた「宝来」,まだ健在でした。ここのチャーハン大盛は驚異的だった!

地下鉄入り口近辺は変わってしまったけど,町並みはあんまし変わらんなー。

西高校を過ぎると変なメニューが沢山の「ラーメン茂」があります。あれ?今日は店開けてないようです。こんな沿道沿いだと商売も上がったりなんでしょうか?逆にお客が入るような気もするけど…。

当時は25条西5丁目という歓楽街に住んでいて,4階建てのワンルーム。そーいや2階にはキャバレー,ア○ゾ○が入っていたっけ。(-_-;)

想い出深い24条を通り過ぎて新川に向かいます。新川の中間地点では女房と友人が,ヴァームのゼリーとドリンクを持って待っていてくれるはずです。

エードでは必ず給水していましたが,やはり待っていてくれる女房からもらうドリンクが楽しみです。

早く中間地点にたどり着きたい気持ちで,20キロを通過。


20キロ通過タイム 1:47:32 貯金4分28秒 もうチョット貯金が欲しい


これで20キロのGTmailがみんなに届く。公言していた最低到達目標まであと10キロです。

24条通りを右折し新川通りの中間点を過ぎると右側にヴァームを持っている女房を発見。向こうは気がついていないようです。

走ってくる何人ものランナーを見続けるのですから,待っている人より走っているランナーの方が人を見つけやすいのです。

「おー,サンキュー,ドリンクちょうだい」
「大丈夫かい?」
「うん,大丈夫」

500mlのボトルをもらって飲みながら走りますが,そんなに飲めません。すると少し行ったところに一緒に応援してくれている友人を発見。

「これもういわ,もってて」
「はい,頑張ってね」

またここまで戻ってくるさ!タケダ10kmで疲れているのに,同じく待っていてくれる女房と友人のためにも。そしてヴァームゼリーチューブで最後の活力を得るためにも。

新川通りをまた右折し新琴似方面に進みますが,記憶ではこの直線で千葉ちゃん方トップ集団とすれ違ったはず。

大きなストライドで飛ぶように走っていたのが印象的です。周りにいた男性ストーカーランナー達もついて行くのに大変だったことでしょう。

ここから先の給水ポイントでは必ず頭から水をかぶっていました。記録を見ると25-30kmの間が一番気温が上昇しています。

どおりで苦しいはずです。30キロまではウォーミングアップ,残りの12.195kmがマラソンだなんて,とっても言ってられなくなってきました。

今度は琴似栄町通りを左折し新琴似1番通りに向かいます。

この長い直線の往復と第1折り返し,第2折り返しの往復,35キロ地点の関門までの約12キロのコースは最高に辛かった。


25キロ通過タイム 2:15:02 貯金4分58秒 もう少し余裕が欲しい


この直線での記憶はほとんどありません。ただただ足を前に前に運んでいただけです。

沿道の声援も発寒方面に行くにつれだんだんと少なくなってきます。

26キロ地点あたりで折り返してくる,知り合いのランナーさんとすれ違います。江別市民さんです。

折り返しで31キロくらいの地点ですから,約5km離されています。走力からして当然の差ですが,淡々と走っている様子はうらやましいくらいです。

またこの大会で走っている間にすれ違った,唯一のお知り合いでした。

第一折り返しの三角はすぐにやってきましたが,第二折り返しにたどり着くまでの上り勾配は苦しかった。

それでも折り返し手前で,大きな旗を振りながら「ガンバレー,ガンバレー」と大声で声援してくれるおじさんがいました。

ここはなんとか気力で折り返し戻るための十字路に向かいます。まわりの人たちも一様に苦悶の表情です。

ここで印象に残る抜かれ方をしています。

苦しいながらも前を走っていた大柄な,というか体型的にはどう見てもランナー体型ではなく,はっきり言って肥満した体型のランナーがいたので一度抜かしました。

へ~,こんな人も北海道マラソンにエントリーしてるんだ,と思いながら。

しかし1kmも行かないうちに,そのランナーに抜き返されたのです。そしてその後抜いた記憶が無いのでそのまま先を走っていたのかもしれません。(気が付かなかったのかもしれませんが)

体型はどうであれ,走力は見た目では一概に測れないものでした。


30キロ通過タイム 2:43:02 貯金4分58秒 かなり苦しくなってきた


ようやく30キロ地点到着です。当初の最低到達目標達成です。これで会社の奴らにも顔向けできます。

ただ30キロまでがウォーミングアップなんて,生易しいもんじゃありませんでした。そーとーに苦しんでの30キロ到達です。

こんな疲労度ではとってもじゃありませんが,残り12.195kmを走りきる自信が湧いてきません。

「オレ,本当にゴールできるんだろうか?」だんだん弱気な気持ちでいっぱいになってきます。

でも中間地点では帰ってくるだろう私を待って,女房と友人が待っているはず。往路から1時間以上は確実に経過していますので,待つ方も大変だったはずです。

しかしその地点にたどり着くためには,35キロの関門を通り抜けなければなりません。

給水所では暑さで頭から何度も水をかぶります。沿道では大きなポリバケツからひしゃくで水をすくい,ランナーにかけている人もいました。

途中,居酒屋の玄関前でテーブルを出して,焼き鳥なんぞを食べながら観戦している輩もいましたが,ムッと来る気力も無く通り過ぎます。

時計を見ると,30キロを過ぎてからのラップがどんどん遅くなってきています。

スタートから1キロごとにラップボタンを押していたのですが,このあたりからだんだん6分/kに近づいてきます。最低の5分30秒を守りきれないのです。

気持ちは焦ってきますが,どうしようもありません。ただただ足を前に運ぶだけです。

それでも何とか35キロの関門を突破します。苦しい新琴似1番通りの復路でした。


35キロ通過タイム 3:11:50 貯金4分10秒 貯金を崩しはじめます


関門を突破すると同じく右側に女房の姿が見えます。

1時間以上も沿道で待っていてくれてありがとう。声にはなりませんが感謝の眼差しを送ります。

しかし近づくと,「もうダメかもしれない」と弱音が出ます。

「がんばんな!」と女房。

そして約束のバームゼリーをもらいエネルギーの補給です。少しぬるく感じたけど一気に吸い込みます。

少し行くと同じく待っていてくれた友人が消炎スプレーを差し出して「これ使うかい」と言ってくれましたが,止まるのが恐ろしくて「いや,いーわ」と走りすぎました。

後で聞くと苦しそうな人,何人かにスプレーをかけてあげていたそうです。来年はかけてもらうのもいいかなって思ってます。

36キロから38キロ地点は北大の裏側の通りです。友人のマンションのすぐ前を通過するので事前に知らせていたのですが見当たりませんでした。(後日話をしたら中島公園の入り口にいたとのこと,知らなかったー)

最終関門の40キロ地点を目指すものの,脚が思うように前に行ってくれません。

ラップタイムはほとんど6分台にまで落ち込んでいます。

このままタイムが落ちていくと40キロの関門を突破できないかもしれない。

気持ちはドンドン落ち込んで,良くない結果だけが頭をよぎります。

つらい,つらい,つらい…。

もうやめてしまいたい。

歩いたらどんなに楽になるだろう。

オレは何のために完走を目指しているんだ。

誰のためでもない,自分のためだ!

オレがいままでやってきたどうしょうもないバカなこと。

取り返しのつかないとんでもないこと。

うまくいかない自分の親とのこと。

うまくいかない自分の子供とのこと。

いろんなことがどっしり肩にのしかかっていた毎日。

でも完走することで振り切りたかった。

自分で自分を追い込んだのも,オレが今までやったことを否定するのではなくて肯定したかった。

だから完走したかった。

苦しくて苦しくて息も出来ない毎日があった。

無断で会社を抜け出したこともあった。

そんなことも肯定したかった。

走りながら涙こそ出なかったけれど,どーしょうもなく完走したかった。


でも気持ちとはうらはら,足は動かなくなり,最後の関門をあきらめかけていたとき,自転車のこあきさんが現れます。

「もーだめかもしれない」

「なに言ってんだー,行けー行けー!」「後にまだやすこ残ってんだぞー」

「えっ!オレの後ろにいるのー?」

これで気力と脚力が復活しました。

江別市民さんではないけれど,この時こあきさんは女神に見えました。

後に,「あれは私の姿を借りた奥さんの言葉だと思ってくださいねー」

その後どこで抜かれたのか,NO.71さんは私より先にゴールしてましたけどね。(^_^;)

植物園横の通りでは激しい雨が降り出し,私にとっては恵みの雨でした。雨にぬれながら,ふぅ~気持ちいい,もっと降ってくれーと念じていたほどです。

沿道の方々は雨を避けながら木の下に雨宿りをしています。そしてそこには59のプラカードを首から下げたますたーの奥さんが応援してくれていました。

「ままー」とだけ声をかけると気が付いて,「ガンバ!」と言ってくれました。

そして大通り11丁目を左折すると,とうとう最終関門が視界に入ってきました。

大通り公園沿いでは容器を持って,飴でしょうか何かをランナーに差し出してくれている人がいます。

あとは時計の残り時間との競争です。ぎりぎり間に合うかもしれない,足を動かすんだ!

そしてとうとう最終関門を突破!


40キロ通過タイム 3:41:18 貯金3分42秒 危なかったー。

越えました。最後の関門を越えました。

うれしかったー。

もー,いいかなって思いました。

そして歩きが入りました。(終わってからですが,やっぱりレースは最後まで歩くべきではないと反省)

一気に気が抜けました。

一頭最初に思ったのは,これでもう収容車はこないだろう,でした。

あとは歩いてもゴールできる。そんな甘えが出てしまいました。

大通りを右折し,ススキノ方向に進路を変えると,あら不思議。再度走る気力が湧いてきます。

中島公園まで一直線だ。

ヨタヨタした足取りながら,ヴィクトリーロード目指して進みます。

最後の給水ポイントでも,コップを二つもらい,ひとつは飲んで,残りは頭からかぶります。

メガネが水でぬれて前が見にくいけど,そんなことお構いなしです。

中川スポーツ店の前を通り過ぎ,ススキノのど真ん中を走ります。

こんなところを自分が日の高いうちに走るなんて,昨年までの自分は考えもしなかったこと。なんとなくおかしな気分で走り抜けました。

そしてとうとう中島公園に突入,ヴィクトリーロードです。

左右にこんなに沢山の人が応援しているなんて!感動の連続です。

そして夢にまで見た,ゴールのゲートが…。

くぐり抜けます。

両手を挙げて。

苦しかったけど安堵の笑みを浮かべて。


ゴール       3:55:07 


そこには江別市民さん,シーハイルさん,NO.71さん,カッチさん達が迎えてくれていました。

仲間達の顔を見ると,ぐっとこみ上げてくるものがありましたが,そこは男の子の我慢で奥の給水所に向かいボトルをもらいます。

公園内の園路に腰をおろすと,しばらく身体を動かせない状態です。

10分ほど放心状態だったのでしょう。完走メダルをもらっていないことに気づき,ボウイスカウトの少年から首にかけてもらいました。

預けてあった荷物を受け取り,携帯を見ると,女房から「完走おめでとう!」のメールが。

うれしかった!

40キロの関門を越えたGTmailを受け取って,完走を確認したそうです。

更にもう一件のメールが…。

会社の仲間達に配信していたはずのGTmailが一切届いてないとのこと。

私の設定ミスでした。

後から聞いた話で,会社の連中は5キロ迄行かないうちに収容された,なんらかのトラブルで出走を見送った,といろいろ憶測をしていたそうです。

自分に届いていたGTmailを転送して,皆に知らせてもらったのはすでに4時半をとうにまわっていた時間でした。

そんなことで完走したら参加しようと思っていたフェアウェルパーティーの時間もせまってきたので,予定の銭湯に行くことにしました。

道々今日一日を思い浮かべながら歩いていると,突然目頭が熱くなり,目の前の歩道がゆらゆらゆれて見えるようになってしまいました。

すれ違う人たち(銭湯帰りのランナーぽい)に見られるのが恥ずかしくて,歩きを速めます。

銭湯は予想通り激込みでしたが,あふれ出る涙を流れるお湯がかくしてくれました。

さぁ!今夜はパーティーだ。

とことんまで飲み明かそう!



おしまい。




ラップタイム

7'10'12     1
10'32'32    2-3
5'15'23     4
5'14'30    5 28'14
5'41'60     6
10'23'98   7-8
5'1120 9
5'08'66 10 54'40
5'07'65 11
5'08'69 12
5'11'58 13
5'10'51 14
5'24'43 15 1'2043
5'21'15 16
5'06'48 17
5'29'80 18
5'22'89 19
5'26'64 20 1'47'32
5'32'83 21
00'37'29
10'19'97 22-23
5'33'93 24
5'27'66 25 2'15'02
5'40'41 26
5'33'15 27
5'19'22 28
5'51'46 29
5'36'55 30 2'43'02
5'32'16 31
5'49'97 32
5'38'36 33
5'55'48 34
5'52'09 35 3'11'50
6'00'84 36
6'12'30 37
6'22'49 38
6'00'39 39
4'54'09 40 3'41'18
12'26'73 41-42
1'18'66     0.195   3'55'07

(自己時計)
最後2.195キロは13分49秒かかって走ったことになります。

10k: 54:40実
20k: 1:47:32実
30K: 2:43:02実
40K: 3:41:18実
GOAL: 3:55:07実
時刻:16:05:07実
(GTMail)


気温
スタート 28.0度
5キロ  25.0度
10キロ 27.0度
15キロ 26.3度
20キロ 27.0度
25キロ 28.0度
30キロ 27.0度
35キロ 29.0度
40キロ 26.0度
ゴール 26.0度
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