タイトル
★ようこそ!まさおのフィットネス&ランニングのブログへ…SINCE 2004.10.31 アニメ
Top | RSS | Admin

2017.05 « 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 » 2017.07


recent entries

recent comments



スポンサーサイト ++++++++ スポンサー広告

--/--/-- --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| top▲


2005釧路湿原マラソン ++++++++ マラソン大会の完走記2004-2005

2005/07/31 23:04

2005年7月31日(日) 第33回釧路湿原マラソン

大会エントリーいたしました。
この大会には出てみたいなーと思っていたのですが,北海道マラソンにエントリーしたことで,調整レースというか,フルへのステップアップとして挑戦します。
どこまで目標タイムで行けるか?この結果如何によって北海道マラソンの明暗が…。(出走前)


釧路1


ゴール前 余裕でしょう。(^_^)

釧路2


ラストスパート 肘の引き具合を見てください!

釧路3


ゴール後 チョットお疲れ。




●釧路湿原マラソン2005完走記

この大会にはシーズン初めから参加したいと,ただ漠然と思っていました。

仕事の担当地区が,釧路を中心とした道東地区だったことも大きな理由ですが,シーズン初めはフルを走るにはまだ大きな不安があり,走れても30kmが限界なのではとの思いがあったことも事実です。

その後初のハーフレースを経験し,いざ北海道マラソンにエントリーした時には,釧路湿原マラソン参加も同時に決意していました。

無謀にも,初フルを北海道マラソンにしてしまった,恐いもの知らずで無知な私に,沢山の先輩ランナーさん方から,湿原マラソン参加を勧められたことも大きな要因です。

湿原マラソンは道内でも珍しい,30kmという長さなので,大会実行委員会も北海道マラソンに向けての調整レースというキャッチフレーズで,各地から多数の参加者が欲しい意向もあるようです。

先の千歳JALマラソン完走記でも書きましたが,このレースは本当に苦しいレースで,ゴール後に吐いてしまうのではないかと思われるくらいの,無酸素ランになっていました。

北海道マラソンエントリー前にこのレースを経験していたら,決して道マラにエントリーする暴挙には出ていなかったでしょう。

いずれにしても,ハーフ以上の距離のレースには参加したことが無いので,フルを走る前にはいい経験になると思い早速エントリーしたものでした。

さらにこの大会では,走り始めたばかりの女房を,10kmのレースに無理やりエントリーして,一緒に参加することになったのです。

実は本人は大のゴルフ好きで,無酸素系人間なのですが,女房の友人がマラソンをしていて,ホノルルやナハマラソンに参加しているのを聞いていて,少なからず興味はあったようです。

また,何度も挑戦して達成できない禁煙も,走ることによって実現できるかとの思いもあったようです。

私はすでに禁煙に成功して,約1年が経とうとしていますが,女房はなかなか止められないのです。(現在は禁煙に成功しています)

一説によると女性は薬物に対する依存度が高く,アルコールや薬の中毒になりやすいとか?

動機が何であれ,走ることを始めようと思った気持ちを大切にし,一緒に参加することを楽しみにしていたのでした。

千歳ハーフ後も,順調に練習を重ね,7月に入って中頃にはすでに150kmを軽くオーバーする距離を走っていました。

ただし,今まで平日の夜や,日曜に出ていたエアロの回数がめっきり減ってきました。

私のイントラさん♪のエアロも,気づかない間に,1ヶ月も出ていなくて,しばらくぶりにスタジオに行くと,イントラさんから「お久しぶりですね」って言われたほどです。

エアロにはなかなか出れないけれど,出来るだけステップのクラスと筋トレだけはやろうと心がけていましたが,これも思うように出来ませんでした。

その分走行距離が増えていたのでしょう。順調に釧路湿原マラソンまで行くと,初めての300kmオーバーを達成できると確信していたほどです。

16日からの3連休を前にした,出張から帰ってきた金曜にも気合を入れて,夕方に15-16kmの練習をし,少々の脱水状態になっていましたがその分,夜の給水で補ったつもりでした。

ところが,その夜に,悲痛な叫び声を上げることになるのです。

約2年前の発作を最後に,最近は症状が無かった,尿管結石の激痛です。

この結石を経験している人にはご理解いただけると思いますが,大の大人が,のたうちまわり,声を出して泣くほどの痛みなのです。

痛み止めの座薬を4時間おきに差しますが,いったん激痛が走ると,痛み止めなんかまったく効いてくれません。

喩えると,背中にあの巨大なテトラポットを乗せられたような,重くズドンとのしかかって来るような,呼吸が止まるくらいの激痛です。

その夜は,座薬を差してしばらくはうとうとするのですが,すぐに激痛で目が覚め転げまわりながら痛みに耐えます。その繰り返しで朝を迎えました。

朝になると女房にお願いし,前回の発作の時にも行っている病院に,車で送ってもらいました。

病院に着くと,沢山の外来患者がロビーで待っています。

痛みで,背中を抑えながら受付を済ますと,看護婦さんが「中のベットで横になっていてください」と言ってくれたのですぐさま横になりました。

眠気と痛さで,熟睡は出来ないのですが,時々激痛が走るので,声を出してこらえているのを,看護婦さんが何度か様子を見に来ています。

ベットに横になって2時間近く経った頃,看護婦さんが,「意志が朦朧となるけど,痛み止めの注射を打ちますね」と注射を打ちました。

これから,造影剤を注射し,時間の経過事にレントゲンを撮ったりするので,あまり痛みがあるとまずいのだそうです。

何の注射かは訊いていませんが,意識が朦朧となるというからには,モルヒネみたいなものだったのかもしれません。

さすがに注射後は激痛は出ませんでしたが,重い痛みは継続しています。

この間,女房はずっと待っていてくれ,ゴロと散歩に行ったり,朝ご飯を食べていなかったので,病院の売店で買ったおにぎりと,ポットに持参したj珈琲を飲んだりしていたようです。

注射後もレントゲンやMRIが終わるまで,1時間近くはかかるということなので,技師のひとにお願いして,女房にその旨を伝えてもらい,先に自宅に帰ってもらいました。

レントゲン後,問診で先生から写真を見せてもらいましたが,結石は約5ミリ程度の大きさで,尿管途中で止まっていました。

止まっている側の腎臓は反対側と比べると,約2倍の大きさに腫れ上がっています。その大きさのあまりの違いに,息が詰まる思いでした。

腎臓の断面図を見ると,まだ5-6個の結石が見えます。

こいつらがまた落ちてきて,悪さする危険性があるとおもうとぞっとしますが,これも身から出たさび,じゃぁなくって,身から出た石と,あきらめるほかありません。(^_^)

そして「このくらいの大きさの石が一番悪さをするんだよなー,自力で外に出すしかありませんねー,まぁあと1週間くらいででしょう,水分をたくさんとって,運動をすることですね」とお医者さんは言います。

もう二度とこんな痛い思いをしないよう,そのためにフィットネスにかよってエアロをしたり,ランまで始めたのに!(>.<)

そんなことで,薬局から痛み止めの座薬と,血管を拡張させる薬を出してもらい,タクシーで自宅に戻りました。

ちょうど3連休の初日だったのですが,痛みと戦いながら,座薬を差して,まるまる三日間は寝て暮らしました。

腎臓が腫れてるせいか,微熱も続き,食欲も無く,ぐっすり眠れないので寝ていても結構疲れます。

そして,とうとう石が落ちないまま火曜の出社日となり,背中を押さえながら泣く泣く会社に出ました。

この時期は仕事のピーク時でしたから,またすぐ出張に出掛けなければいけません。少々心配でしたが,座薬を持って車に乗り込みました。

幸い,別な社員が運転して行く事になったので,隣で座ってるだけでしたが,いつまた痛みが出るかと内心心配しながらの道中でした。

また,その社員の車が車検で,乗った車が代車だったため,乗り心地も悪く,がたがた揺られながらの長距離でした。

冗談で,一日中こんなに上下動してたら,さすがの石も出てくるんじゃない?って笑っていたものです。

それが,まさかのまさか,その日の夕刻,忘れもしない白糠町のコンビニ,セ○コー○ートのトイレで排石したのです。

水底にゆらゆら映る球形の緑っぽい石を見ていると,うれしさと言うよりも,愛おしさを感じたほどです。

なんか,闘病記みたいになってしまいましたが,やっとのことで石が出くれて練習を再開することが出来るようになったのが7月の20日過ぎ,大会まであと2週間しかありませんでした。

その後,サロマに参加されていた方々がカウサンで打ち上げをやっていると知り,石が出た喜びもあって,急遽参加したのもこのころです。


この湿原マラソンでの自分の目標は,設定したタイムで30キロをイーブンで走りきること。

北海道マラソンでは最低スピードが約5分半ですので,この30キロレースでは5分フラットで走りきることを目標にしていました。

そして,ゴールしたあとも余力が残っていれば,残りの12.195キロを走りきる可能性を感じられるのではないだろうかとの思惑です。

一方,女房も今回が初めてのレース,緊張と不安もあるのでしょう。週に2-3回の練習をしていて,1日に7-8キロは走っていたようです。

いざ走り始めると,走ることの楽しさを改めて感じているらしく,この頃から夫婦の話題はランが中心になってくるのでした。

そんなことで,大会前日の土曜日,北見まわりで釧路に入りました。翌日の大会には実家の義父義母も誘ってあり,その打合せも兼ねてです。

レース後,一緒に釧路に泊まって,美味しい食事を一緒にして,ゆっくりしてもらおうと,我が家からのご招待のつもりです。

こんなことぐらいしか親孝行が出来ないのですが,よろこんでくれているみたいでした。

釧路市内に入って,女房の10キロコースを下見しようと競技場近くに行くと,反対車線が車で大渋滞しています。

なんだ?なんだ?と思っていたら,ニチハム戦が終わって,帰る車の列でした。

翌日の朝,ばったりお顔を合わせることになるパパさんは,この野球も観戦していたようです。さすが熱烈ニチハムファンです。

いったん宿泊先のキャッスルホテルにチェックインしてから,軽く河畔を走りました。

その日もいつもの釧路らしく濃いガスがかかっていて,外に出るとウェアがしっとりとしてきます。

二人で走っていると,何組かのランナーとすれ違います。このあたりにはホテルが集中しているので,遠方から参加している人たちが走っていたのでしょう。

さて夕食は,私のホームグラウンドのTAOに出掛けます。事前に女房も行くことを,TAOご夫妻に話していたのですが,昨年の夏以来1年ぶりなのでとても喜んでくれます。

残念なのはアルコールを飲めないこと。いや,別に飲んでもいいのですが,自分で決めたこと,。一旦飲んでしまうと際限なく飲んでしまう自分が恐いのです。(^.^)

現在の私のルールでは,ハーフは前日飲まない,フルは2日前から飲まない,まぁ,おまじないみたいなもんですケド。(^_^;


女房は1-2杯ビールを飲んでいたようですが,隣に飲まない人がいると,やはりはかどらないようで食事とおしゃべりがメインの前夜祭でした。

頼んだメニューのなかでも,シャケのはさみ漬,サラダ,特製コロッケ,ところてん等がとっても美味しくて,明日義父義母にも食べさせてあげようとお互い同意です。

最後に女房はおにぎりとお味噌汁,私はむかし風ナポリタンの大盛。お腹一杯食べて部屋に戻りました。

早めにベットに入りましたが,思ったとおりなかなか寝付けません。結局寝たのは1時過ぎになってしまいました。

朝は6時に起床,レストランは7時からです。私は洋食,女房は和食を頼みました。しっかり食べ,会場へと向かいます。

空模様が怪しく,雨がぽつぽつと来ています。会場につく頃には傘を差して会場に向かう人で一杯です。

雨の中を走ったことが無い私には,あいやー,こりゃぁまいったなー,てな気持ちでした。

外に荷物を置くことも出来ないので,競技場内の休憩更衣室は人で一杯です。やっとスペースを見つけ,荷物をおき,ナンバーカードをつけます。

外に出ると雨のせいか,少ない参加者がインストラクターの指導の元,準備体操を行っています。自分も一緒に身体を動かしました。

いよいよスタート時間が迫ってきますが,雨脚が弱くなるどころか,だんだんと強くなってきます。

ゲスト参加の三宮恵理子さんも傘の中に入って,スタートを待っています。(30キロ参加ではないようですが)

初レース10キロを控えて緊張気味の女房と完走を目指しての握手を交わし,スタートラインに向かいました。

千歳などの大きな大会と違って,スタート位置をどこにとろうと,そう大きな違いが無いので適当なところ,中間あたりに立って号砲を待ちます。

さて,スタートです。

雨の中いっせいに走り出します。応援の沿道に立っている方々も傘を差しての応援で,申し訳ない気持ちです。

ゆっくり走り出すと,義父の顔が…,朝早く北見を出て釧路まで応援に駆けつけてくれました。娘の10キロのスタートはこの後です。雨の中,そして腰も悪いのに,申し訳ありません。

そして,仕事上一番の方(あいまいな言い方ですが,ここまでしか言えませんが)のお顔が。向こうも気がついてビックリしています。頭を下げると「後でね」と笑顔で応えてくれます。よっしゃ!o(^o^)o

走り始めてすぐ,どしゃ降り状態になります。大きな水溜りの中を,シューズをびしょ濡れにさせながら走り抜けなければなりません。

しかし意外とまわりのペースは速く,自分もつられて最初の1-2キロはオーバーペース気味で入ります。

更に意外だったのは,雨中走るなんて不快感だけなんだろーなーって思ってましたが,これまた案外気持ちの良いものでした。

気温が20度前後だったということもありますが,この日から雨の日のランニングが好きになってしまった私です。

そして仕事上どうしても気になることが…。エードのスタッフなのです。

5キロごとのエードには顔見知りの人がチラホラトお手伝いをしています,何人かの方が私を見つけ驚きの表情に。だって参加することなんかお知らせしているわけじゃありませんから,当然の反応です。

なので,最初5キロのエードからエード毎に頭の下げっぱなしでお水を頂戴していきます。

途中沿道でもお知りあいの方と,「あれ~,どーして走ってるの?頑張ってねー」 「あっ,すいません,頑張りまーす」

住宅街を抜け,釧路川の堤防沿いを走りますが,このあたりは固めの砂利道が一部分あります。ほとんどが平ですので走るには支障がありません。

橋を渡るといよいよ釧路湿原の原野に入っていきます。あたりを見回してもただただ原野です。原野の中にアスファルトの道路が真っ直ぐ伸びている感じです。

対面からはウォーキングの部の参加者が旗を持って歩きながら,我々ランナーに声援をかけてくれています。

こんな場面も珍しいことではないでしょうか?釧路湿原マラソンならではの光景かもしれません。

10キロ前後あたりだと記憶しているのですが,私の前をずっと男女ペアの二人が平走しています。

二人とも同じペースを保っていて,ウェアもお揃いっぽくて,何となく上級者を思わせるのです。

おそらくキロ5分程度で走っているので,このアベックの後を付いていこうと思いました。いやいや,何も悪いことは考えてのことではありませんケド。(^_^;

その後25キロ地点まで,このアベックの後を走ることになります。

雨も最初のスタート直後まではどしゃ降りでしたが,その後は天候も持ち直して,晴れ間がのぞいたり,雨が降ってもパラパラ程度で,割と走りやすい天候になってきました。

この時期に20度前後で走れるなんて,さすがは夏場寒い釧路ならではです。

お陰で呼吸もほとんど乱れることも無く,10-20-25とほとんどイーブンペースで走ることが出来ます。

走りはじめに痛みが出た両スネも,そのうちに痛みも感じなくなり,脚全体も異常を感じることなく前に前に足を出すことが出来ます。

20-25までのエードでは,バナナやスイカをもらって食べました。このスイカがことのほか甘く感じましたが,残った皮を沿道に捨てるのがどうにも気後れしてしまいました。

20キロあたりから,前を走っていたアベックのスピードが若干落ちてきたのですが,無理して追い越すことをしないで走っていました。そんなことで,スイカなどを食べる余裕がまだあったのでしょう。

しかし,さすがにアベックの遅さに我慢できず25キロ地点を越えたところで,抜かしに入りました。いったん抜かすためにスピードを上げると,闘争心が沸いてくるのでしょうか?

残り3キロ地点からペースをぐんぐん上げていきます。最後までイーブンで終え,余力が残っていたらフルへの道が開けるかなと考えていたのに,これではラストスパートと同じです。

競技場に入る直線では,少ないながら沿道で応援してくれる市民の方が繋がっています。

一人のランナーと抜きつ抜かれつしながら競技場に突入し,最後に振り切られましたが,トラックに入ってからは家族を見つけるためにスピードを若干落とします。

ゴール手前ではカメラを持った女房と義母が並んで待っていてくれました。ここで写真にあるように余裕の片手上げです。

しかし,ゴールまでの直線は,最後の力を振り絞ってのラストランでした。

イーブンペースでゴールインなんて,とっても無理なことが良く分かりました。だって,人間,ゴールを目の前にすると俄然最後の力を出し切ろうとする作用が働くんですもの。(^_^;

やはりゴール後は息が切れてぜーぜーしてしまい,かなりの無酸素運動になっていたのがわかります。

これじゃ,30キロ以降どこまで走れるかの予想なんて立てられたどころじゃありません。ただ,25キロ地点でスパートをかけられるってことは,少しは余力があったと思いたい,そう自分を納得させたのでした。

そんなことで,朝からゴールのお昼まで応援してくれた両親も疲れていることなので,さっさと後片付けをして,お昼にすることにしました。

何故かレース後の定番になってしまった,焼肉屋さんにGO!です。初レースのさっぽろさよならマラソンの時からの慣例になっているのです。

まずは二人の完走を祝ってビールで乾杯です。ウマイ!(^O^)

その夜は両親と一緒に再びTAOを訪問。昨夜美味しかった同じものを,両親にも食べてもらいました。両親も喜んで食べて飲んで,久しぶりに親孝行した気持ちになったものです。

自分も昨夜,我慢に我慢したビールを,堰を切ったように飲み始めました。両親と女房がホテルに戻ったあとも居残って,知り合いの常連さんとグイグイ。(^o^)

更に二人でもう一軒。ライブ後の打ち上げをやってるお店に入って,バンドの人たちと一緒に飲んだような気がします。

結局ホテルの部屋に戻ったのは2時過ぎだったでしょうか,ほとんどヘロヘロ状態でした。

そんなことで,翌朝は北見に戻る女房両親と分かれ,自分は出先であるこの釧路で出張業務についたのでした。

北海道マラソンに繋がる走りが出来たのかは,どうも不明のまま終わってしまいましたが,30キロまではなんとか関門に引っかからずに走れるかな~って感じることが出来たレースでした。

釧路の気候からは決して耐暑ランの練習にはならないけど,本番前の調整レースとしてはちょうどよい時期の大会です。

来年もぜひ参加したいと考えています。

(おしまい)


25'26  5km
25'35 10km
51'19 20km
26'47 25km
24'28 30km(自己時計)

2'33'31(チップ計測)
スポンサーサイト

テーマ=マラソン - ジャンル=スポーツ

トラックバック(0) | コメント(0) | top▲


<<2005夕涼みマラソン | Top | 2005千歳JAL国際マラソン>>




Comment


コメント












管理者にだけシークレットコメントをおくる



Trackback
Trackback URL
→http://fitrun.blog58.fc2.com/tb.php/7-35d04047
FC2blog user only
| Top |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。