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2005苫小牧フルマラソン挑戦会 ++++++++ マラソン大会の完走記2004-2005

2005/11/06 00:39

第17回苫小牧フルマラソン挑戦会
2005年11月6日
気温10度~14.7度

この大会が開催されているのは知っていましたが、まさか今年自分が参加することはなかろうと思っていました。

シーズン最後のレースは先々週走った、北海道ロードレースで終わりにしようと考えていたのです。

ところがウチの近所で開催されていた「あいの里子供マラソン」に参加しているお子さんを応援に来ていたラン友のシーハイルさんと会場でお会いし、参加を勧められたことがきっかけとなったのです。

北海道の11月に外でフルを走れるのだろうか?

確かに11月末にはさよならマラソンという、酔狂な(ごめんなさい)方が参加するレースもありますが、それにしてもハーフです。

実はこのレース、昨年私のデビューレースなんですが、今考えてもそうとうにマニアックな大会なような気がします。

その同じ時季のフルマラソンです、雪が降ることだって考えられるし、寒いことは絶対間違いありません。

しかしシーハイルさんは「いー大会ですよ」「参加して良かったと思うよ」「ビックリするタイムが出るかもしれないよ」と気持ちがぐらぐらするくらい勧めてくれました。

次の日、苫小牧の事務局さんに申込書をお願いしたのは言うまでもありませんでした。

この1年の予定では、北海道マラソンを走りきることだけが目標だったようなもの。

その夢が叶い、もう年内のレースはどうでもいいような気持ちにもなっていましたし、実際ロードレースでのモチベーションの低さは道マラとは比べようもない低さでしたから。

ただ、寒いこの時季に行われる大会ですので、あのクソ暑い中でやっと完走出来た道マラとは条件が違うので、少しはましなタイムが出るだろうくらいには考えていました。

それと心配だったのは、朝早く起きなければ行けないこと。みんな暗いうちに車を走らせ、苫小牧に向かうと言っていたからです。

受付8時、9時スタートでしたから、少なくとも5時半時には家を出なければ行けません。

それに会場になる公園にも一度も行ったことがなく、道行きも不案内でした。

当日の朝は家で朝食をとる時間がないだろうと、女房がお弁当をおにぎり2個とおかずのお弁当を作ってくれ、それを高速の運転中に食べながら会場へと向かいました。

案の定、家を出た時は外は寒く真っ暗です。不安な気持ちでいっぱい。

やだなー「寒い中走るなんて」「本当にまたフルを走りきれるんだろうか?」などと考えながら運転していました。

幸い会場までの道のりも迷わず、公園入り口のコンビに入るとシーハイルさんとバッタリ。

「メール来たけど、まだゲート開いてないんだって!」あれぇー、少し早く到着しすぎたようです。

こんな早起きしたので、走ってる途中で眠くならないのかしらん、と少しだけ心配にもなりました。

ゲートも開き、駐車場に車を入れ、まだ時間もあるので受付前にシーハイルさんと公園内をぐるりとひと回り散歩をします。

周囲は寒さのせいか朝霧で煙って、公園内の金太郎池には鴨や野鳥が遊んでいます。

受付をしているとポン太さんご夫妻、GOさん、ジュンジュンなどがやってきました。そこで記念写真をパチリ。(その後の写真はすべてポン太ご夫人が撮影してくれました 感謝)

少しだけupのために公園内を走り、事務局さんの説明を聞きます。

「この大会の記録は公式ですので、このタイムを持って北海道マラソンにエントリーしてもなんら問題はありませんので、ぜひみなさん良いタイムを出して下さい」と言うではありませんか。

「よーし、道マラのタイムより良い記録を出して、若いカードナンバーを取ってやる」と気合いが入ったものでした。

しかし相変わらず気温は上がらず、確か10度を切っていたのではないでしょうか、グローブをはめた指先が寒さでかじかんでいます。

あとはスタート時間を待ちますが参加人数も200名くらいなので、スタート地点での混雑はほとんど無さそうです。

いよいよスタートです。

( ̄ー ̄)//△パン!:・☆▲∴*:゜★.:。*:・'゜★

なーんとなく走り始めたものの、まわりのスピードはかなり早めです。

道マラの時は最後尾からのスタートでしたので、ゆっくりと歩くようなスタートでしたが、今回はみんなビュンビュン飛ばしています。

回りにのハイペースにつられて、自分もかなり早いペースでスタートしました。

おそらくキロ4分半を切っていたのではないでしょうか。

こんなペースで走っていたら、ハーフも走りきれないのではないかと思うくらいでしたが、以外に走れるものです。

前方を走っているになんとかついて行こうとしばらく走っていましたが、さすがに5キロを走ったところで、こんなんじゃ最後まで走れないとペースダウンです。

それでも思っているペースよりは断然速く、自分でも不思議なくらいでした。

すれ違うトップ選手は我らのGOさんです。さすがに早い!続いてシーハイルさんがやってきます。

そして私のすぐ後ろを走るのが、ポン太さんとジュンジュんです。ジュンジュン早い!そしてポン太さんはジュンジュんをコーチしている監督のようです。

おおひろさんともすれ違いお互いエールを交わします。目の状態があまり良くないと聞いていたので心配です。

コースは8の字を描いて、それを4往復すると聞いていましたが、1週走ってみただけではとてもとても覚えられるようなコースではありません。

公園内を走ったり、歩道を走ったり、ほんとに草の上を走ったり、土の上を走ったりと、いろんな状態の路面を走ります。

さらに柵と柵の間1メートルあるかないかの隙間を通ったり、土の斜面を乗り越えたり、歩道の段差を何度も越えたり、それはもうバリエーションに富んだコースです。

ただ同じコースを4往復もするので、単調さに飽きるのではないだろうかとも思いましたが、実際走っているとコースに変化があるのでそう単調さは感じませんでした。

途中途中で、ポン太奥様が名カメラマンぶりを発揮してくれて、良いポイント地点で応援&撮影をしてくれます。

この大会を調整レースとして位置づけていたポン太さんは20キロまで、GOさんは30キロまで。

その後は応援に来てくれていたみっちーさんと一緒に、みんなで応援してくれました。

Goさんは結局、30キロ地点まではトップで走りきっていました。ここでやめるのも相当な自制力があったからでしょう。

5キロごとにみなさんのお顔を見ることができ、声援をもらえるのは大きな力になるものです。

同じくエードではスタッフの人達がお水、バナナ、あんぱん片、等を用意してくれています。

エードでは毎回給水しましたが、2回ほどバナナとパンを口にしました。

バナナは甘くてとっても美味しく感じ、パンもエネルギーになってくれていたのでしょうが、お腹が少しだけ痛くなったので、その後は口にはしませんでした。

フルでの給水と食べ物の調整は、これから何度も経験しないと、自分のペースはまだつかめないようです。

10キロくらいまでは背中がかろうじて見えていたのですが、15キロあたりからはもう見えなくなってきます。

ペースが落ちてきたなと感じたのは20-30キロくらい。

しかし道マラの時とは違って、気温が低かったせいか、大きなダメージはありません。

それに寒いと言っても走っているとちょうどいい気温です。走るにはそうとう気温が低くても大丈夫なのが実感出来ました。かえって快適なくらいです。

中盤から後半にかけ一番つらいところも、何度もすれ違うたびにエールを交わし、ラン友の応援もあって大幅なペースダウンを避けることが出来ました。

さて残りの10キロです。まわりの人達もペースが落ちてきて後方に下がって行きます。

ここはグッと踏ん張りどころ、落ちないよう歯を食いしばって前進あるのみです。

私より年配のランナーが少し前方を走っていましたが、ちょっと落ちてきたので抜きましたが、すこしたってまた抜き返されます。

残り5キロの地点で、余力がある限りのスパートをかけました。

道マラではスパートなんて絶対無理、走りきることも出来なかったのに、不思議と力が残っています。

さっき抜き返されたランナーをまた抜き返し、ペースを上げて行きます。

ただペースを上げたと言っても、一旦落ちたペースを元に戻そうとした、というのが正確なのかもしれません。

残り5キロから数人を抜きながら、最後の土の路面をまっすぐ走ります。

この直線を走りきり、右折すると本部前のゴールです。

時計に目をやると、このまま行くと15分を切れるかもしれない。

えーーー、自分は30分を切るのが目標で、それも相当高いハードルだと認識していたので、まさか15分を切ることが出来るなんて考えもしていませんでした。

本当なの?まさかもう1周走るんじゃないだろうか?時計壊れた?

でも直線の向こうにはGoさん、ポン太ご夫妻、みっちーさんがたがカメラを向けて待ってくれています。

やったー、これでゴール出来る!

大きく両手を上げて応援に応えます。

そして本部前のゴール地点で、時計のストップボタンを押します。

3時間14分44秒!

信じられない記録が出ました。

初フルだった道マラの記録から、40分も短縮しています。こんなことってあり得るのでしょうか?

今回はフル2回目の挑戦です。走りきることさえ不安でした。まして道マラ後のモチベーションが下がった状態。

かえってプレッシャーをそれほど感じず、楽な気持ちで走ったのが逆に良いペースで走りきれたのかもしれません。

しかし今後の大会でこのタイムを越えることはまず出来っこないので、来年のこの大会が再挑戦となるでしょう。

もしも同じくらいのタイムが出れば、本当の力がついた証拠。ダメであれば今回のレースは、ラッキーレースだったんでしょう。

先にゴールしていたシーハイルさんと、お互いの完走を讃えます。

そして大きな鍋の温かい牛乳とおいしいパンをもらい食べました。ホットミルクで身体も暖まり、幸せな気分になります。

それぞれがゴールをし、最後にご苦労さんの記念撮影をして帰路に向かいます。

筋肉痛や足のダメージもそれほど無く、帰宅後も時間がありましたのでフィットネスにストレテッチをしに行きました。

するとちょうどエアロのクラスが始まるところだったので、疲労抜きランの代わりに1時間エアロに参加しました。

これも自分でも驚きで、42キロを走ってから更にエアロが出来るなんてビックリでした。

確かに疲労感はしっかりあったものの、大きなダメージは感じていなかったのです。

それほど今回は良い走りが出来ていたのでしょう。

今後もフルマラソンの後にエアロが出来るのかは、全く自信がありませんケド…。


後日談はタイムの訂正事件。

事務局から記録が送られてきて見ると、タイムが自己計測より20秒ほど遅れて記録されていました。

20秒も違いが出るのかな?と思いましたが、まーそんなこともあるんだなとそのままにしていましたが。

2日後くらいにジュンジュンからメールが来て、どうもみんなそうとうタイムが違っているらしい、一度事務局に確認したほうがいいと、連絡をもらいました。

シーハイルさんも確認しているようだったので、自分も電話を入れてみました。

するととっても丁寧に対応してくれ「スタッフの勘違いで、一人ずつ後の人の記録になっていた」との説明、後ほど訂正版を送りますとのことでした。

すでにたくさんの人から問い合わせが入っているらしく、返答もそのような感じです。

後日送られてきた記録を見ると、自己計測と1秒差でしたのでほとんど正確でした。

うれしいのはこのタイムで道マラにエントリーすると、最後尾からスタートだった今回より、そうとう前方の位置からスタート出来ることです。

本当に参加して良かった今回のフルマラソン挑戦会でした。

おしまい。


後日送られてきた正式タイム。

52:42 12.195km 10kmLAP 43:13
1:37:24 22.195km 10kmLAP 44:42
2:25:14 32.195km 10kmLAP 47:50
3:14:45 42.195km 10kmLAP 49:31
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2005北海道ロードレース ++++++++ マラソン大会の完走記2004-2005

2005/10/23 00:33

2005年10月23日 

北海道ロードレース



北海道マラソン後,約2ヶ月ぶりのレースでした。

初フルの北海道マラソンを完走できたことによって,いわゆる「燃え尽き症候群」のような状態が長く続いていました。

練習にも熱が入らず,9月はやっと137キロを走っただけ。

やはり今年一番の大きな目標を達成できたことによって,それまでの高い緊張感の糸がすっかり緩んでしまったようでした。

そんな精神状態に加え,道マラ後痛みを増した足低筋膜炎が長引き,湿布を貼ったりテーピングをしたりと,ランの練習もさることながら,エアロやスタジオにも影響が出ていたのです。

足低筋の痛みは朝一番に痛みが激しく,時々歩くことさえつらい状態になっていました。

夕涼みマラソンの前後あたりから痛みを感じていたのですが,道マラ後に一気に痛み出しました。

やはりフルマラソンは身体のいたるところに,大きな無理がかかっているものなのですね。

自然とフィットネスにも行く回数が減り,どうもやる気が出ない2ヶ月でした。

道マラ後は,札幌マラソン,旭川マラソンと大きな大会が続いていましたが,それらの大会に参加する仲間の活躍を見るにつけ,ケガというのは辛いものなんだと感じていました。

来年は道マラ,札マラ,旭川マラと3大会完走を目指したいものです。

しかし女房がこの大会で初ハーフを走ることになっていましたので,ゆっくりペースで20キロを何度か並走したりしていました。

10kレースを2度経験しただけ(湿原マラソンとファミリーマラソン)の挑戦でしたので,本人もかなり緊張していたようです。

そんな状態で臨んだ大会でしたので,当然ながらモチベーションは低く,自己ベスト狙いなどは望むべくもありませんでした。

前日の日記を読み返してみると,それまでのレース前日は禁酒していたのですが,この日はビールを2杯だけですが飲んでいます。

まぁこのくらいのお酒ではそう影響はなさそうですが,こんなことからも,レースにかける意気込みが全く感じられないのがわかります。

道マラのときなんかは,なんと2日前から禁酒して,それも慰安旅行の宴会でもお茶を飲んでたくらいでしたから。

レースコースですが,真駒内競技場をスタートして,河川敷を往復のある程度平坦な道行です。

前半あまり無理せず,後半に力をためてスパートの予定。

どの辺でスパートかは,走ってみてから脚の状態で決めよう,そんな計画です。

女房と並走しようかとも思いましたが,本人が一人で走りたいというので,それもやめました。やはり自分の力だけで走ってみたいのでしょう。



さていよいよスタートです。

シーズン最後を飾る大きなレースなので,参加者も多くスタートは混雑します。

しばらく走っていると,自分のペースと同じようなランナーが見つかるものです。

今回のレースは黄色のシャツを着ているランナー,そうです楽走のyagiさんでした。

どのくらいからだったでしょう,恐らく5キロを過ぎた頃からだと思います,yagiさんの後について15キロ地点まで走りました。

私も黄色のロングシャツを着ていましたので,二人黄色で目立ったことでしょう。(笑)

何度も前を走る黄色い人に,「やぎさーん」と声がかかっていたので,この人がyagiさんなんだと分かり,途中「私,まさおです」「よろしく」と挨拶しました。

この方のペースはほぼ一定。ほんとうに自分のペースと合っていました。

申し訳ありませんでしたが,このまま後をつけさせていただいて,15キロ地点で余力あればスパートと決めさせていただきます。

その後は順調にラップを刻み,一定ペースで河川敷の景色を見ながら気持ちよく走ることが出来ました。

心配だった気温も10度くらいまで上がり,半そでシャツでも良かったくらいです。

12キロ地点あたりで周りのペースも遅れてきましたが,ここでスピードアップしてしまうと後半のスタミナが心配でした。

ちょっと遅いかなーって思いながらも,まだ一定ペースで我慢です。

そんな感じで走っていましたが,いよいよ中間地点を過ぎ,16キロ地点に到達しました。

ここでのタイムは1'11'35 。

残り5キロをこのペースで走ると自己ベストが出るかもしれない。

ここでラストスパートです。

ハーフレースはここからが辛いところ。最後の1-2キロは有酸素運動と無酸素運動の境目で走ります。

乳酸が溜まって筋肉が硬直し,痙攣する一歩手前までの限界に挑みます。

まぁ,正直そこまではいきませんですけど,それに近い状態で最後の5キロを走りました。

結果,1'33'54のうれしい自己ベスト達成。

やはり前半に力をためていたのが,後半のスパートで生きたのでしょう。



さて,女房ですが,途中すれ違ったのが相当後ろのほう。

一応関門が設定されていますので,こんな位置で本当に完走できるのかと心配でした。でも足取りはしっかりしていたので,後半あきらめなければ大丈夫かなと。

自分のゴール後しばらく待っていたのですが,ここでまっていても何時競技場に入ってくるか分かりません。

身体も冷えるので,上下ジャージを着て逆送することにしました。

そして堤防に出ると,二人並んで走っています。こあきさんに並走してもらってるではないですか。

私が道マラ完走できたのも,こあき姐さんの檄が無ければ危うかったのです。

こんなところでもお世話になって,夫婦共々ご迷惑をお掛けします。先輩ランナーには本当に助けられるものです。

そんなことで女房もめでたく初ハーフを完走。うれしいことが二つ実現できました。



そしてレース後は楽しい,お楽しみ抽選会。この大会の目玉となっているイベントです。

この大会は北海道マラソンクラブで運営されていることもあって,ランナーさんがたがスタッフとなって動いています。

この抽選会でも,冬場つどーむでよく見かける,女性高速ランナーさんがお手伝いをしていました。

商品がまた沢山あって,抽選会が終わるまで1時間以上もかかっていました。

シャケなんかは40本もあったのではないでしょうか?

まわりの仲間も数人当たっていましたが,うちら夫婦はまったくのスカ。

来年に期待しよー。(笑)



22'16 22'16 5km
44'08 21'52 10km
46'34 中間点
1'11'35 25'00 16km(ペースが遅いかなって思ったけどここまで我慢)
1'15'57 4'22 17km(ラストスパート)
1'20'22 4'24 18km
1'24'49 4'27 19km
1'29'22 4'32 20km
1'33'54 4'32 21.0975km

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2005北海道マラソン ++++++++ マラソン大会の完走記2004-2005

2005/08/28 00:20

北海道マラソン2005
2005年8月28日(日)午後0時10分 男女同時スタート


<北海道マラソンに参加するまで>

昨年の8月,まさか自分が北海道マラソンなるものに参加しようなんて微塵も考えていませんでした。

その頃は通っているスポーツクラブでのエアロに夢中になり,中上級クラスのレッスンに出て,毎月のコリオを覚えるのが楽しくて楽しくてしょうがない時期でした。

最初の頃なんて,1時間のエアロが終わると完全に過呼吸状態で,シャワー室でも息苦しくなり,何度もしゃがみこんでいたものです。

それが徐々に呼吸も楽になり,イントラさんが指導するチョット複雑なアームワークにも何とかついていけるようになったころでした。

ただ,以前からスタジオレッスンの空き時間や,プログラムが無い時などにはトレッドミルで少しは走っていました。

それこそジムに出入りした頃は,5分と続けて走ることなんか出来なかった私です。

それが10分20分30分と少しずつ走れるようになり,それにつれて汗もかくようになり,ベルトが汗に濡れるのが快感になっていたことは事実です。(変態じゃありませんよー 笑)

しかし本格的に走るなんて事はしていなくて,ただ汗が出るのを楽しんでいたというのが正直なところです。

その後のことは,以前の完走記に何度も書いているので詳しくは書きませんが,9月末に屋外で初めて8キロを走ってから,禁煙を実行し,10月から外でのランニング練習を少しずつ行い,11月に初のレースを経験しました。

その後は北海道の長い冬がやってきて,ランの練習先はつどーむ一本。

しかしジムでの練習量が増え,トレッドミルでの練習もするようになり,エアロの本数も毎月増加していきました。

この練習量とともに身体付きにも変化が生じてきました。日増しに体重が減り,ウエストが細くなっていきます。

この頃からでしょうか,久しぶりに会う人たち,口々に言われました。「やせたんじゃない?」「どっか身体わるいの?」「病気したんじゃない?」

でもこの北海道マラソン直前には,さらに同様なことを言われる機会が多くなりました。

それだけ短期間に身体の変化が起きていたのでしょう。自分では気づかないものですが,他人様からはどーしちゃったんだろう?と写るようです。

そんな冬場の練習を重ね,初のハーフレース「豊平川ラン&ウォーク」に参加し,運よくも北海道マラソン参加資格が取れたのでした。

しかしこの時点でも,北海道マラソンなんてまだまだ,1回しかハーフを走ったことの無い自分になんて,夢のまた夢。とてもレースにエントリーするなんて考えられませんでした。

走友の方々から,せっかく参加資格が取れたんだから出てもおかしくないよとか,今年出ておかないと来年まで長いよーとか,その時期になると話題が道マラ一色になって寂しい想いするよーとか,いろいろなお話しが耳に入ってきました。

それでもエントリーするなんて,現実のものとして考えてはいませんでした。

それがどーしてしまったのか,ラン&ウォークの完走記を打ち終わった時には心を決めていたのでした。

そして翌日には郵便局へ向かっていたのです。その時の申し込み用紙は,走友さん方との合同ラン食事会の時に江別市民さんからいただいたものだったのです。

その時手元に申し込み用紙がもし無かったなら,今年エントリーしていたかはわかりません。

江別市民さんの責任は重大だったのですぞー。(笑)

やはりいろんな方からのお話しの影響もあって,完走記を書いているうちに現実味を帯びてきて,ある種興奮状態に陥っていたのかもしれません。

申し込みをした5月9日の日記を読み返しても,興奮状態なのが伝わってきます。

その時,大会までの3つの目標を立てています。

1,朝夕の時間帯を有効に使う。
2.釧路湿原マラソンを長丁場の調整とする。
3.体重を56キロ台までもっていく。

1では特に朝の練習が課題でした。元来夜型の私にとって,朝早くに起きて練習するなんて,とっても考えられませんでした。

それが6月くらいから朝起きて走るようになったのです。私にとっては一大革命です。練習日記を見返すと,6月だけで7日も朝ランしています!

2の釧路湿原は参加して本当によかったと思っています。20キロ以上のレースを一度も経験しないで臨んでいたらどうなっていたことか,恐ろしいくらいです。

3の体重は見事目標を達成。一時は55キロを切った時もありました。(現在はまた57キロ台に戻ってしまった(^_^;)

あまり大きな目標ではありませんが,3つとも達成できたことには自分でもうれしく思います。特に朝起きて走れるようになったことは,私にとって大きな事件でした。

そんなことで順調に走行距離も延び,6月の千歳日航JAL国際マラソン,2度目のハーフレースに参加します。

この完走記にもうだうだと書いてありますので,簡単に書きますが,この大会にはこっ酷く自信を打ち砕かれました。

かろうじて初ハーフの記録は更新できましたが,レース中の苦しみ,レース後の後遺症,どれをとってもラン&ウォークの時より厳しいものがありました。

千歳が初レースだったら,間違いなく北海道マラソンにはエントリーしていなかったと断言できます。それくらい苦しいレースでした。

でもこの不安と緊張感を持って北海道マラソンを見据えたことが,かえって良かったのかもしれません。あくまでも今考えると,ですけれど。

6月を過ぎ,仕事の忙しさもピークを迎え,出張先の釧路で走ることも多くなりました。

今年は4年に一度の大きな仕事がある年,会社にとっても正念場の時です。

社員全体が必至になって仕事をこなしている時に,朝夕と業務時間外とはいえ,ランニングしている自分に後ろめたさを感じながらいたのも事実です。

我々営業の場合,現地に赴くと,業務時間なんてあってないようなもの,夜討ち朝駆けなんて当たり前の世界です。

昨年まで出張先で,毎晩のように飲み歩いていた人間とは思えないくらいの,朝夕の過ごし方です。

時々珈琲を飲みに行く紅茶専門店ラスカベツのマスターから,春採湖畔の周回コースが練習に良いと教えてもらって,朝夕と走り始めたのもこの頃です。

本格的に外ランが出来るようになった4月から254キロ,5月250キロ,6月244キロと順調に距離を踏むことが出来ていました。

そして本番前の月間最長距離達成に向け,月中15日すでに168キロを走って月間300キロは確実と思われた翌日に,あの尿管結石の激痛に襲われたのです。

このあたりの経緯については釧路湿原マラソン完走記に,まるで闘病記のように書いてありますので,詳しくは記しませんが,マジで痛かった!

そんなアクシデントもありましたが,無事大会前1週間に開催される「夕涼みマラソン」までやっとたどり着くことが出来ました。

この大会は江別市民さんに,大会前の調整レースとして勧められ参加したのですが,本当のところは参加賞の無料入浴券とビール券につられたというのが真実です。(笑)

スタート前までは物凄いどしゃ降りの雨で,スタート後は雨が上がりましたが,とても蒸し暑くけして走りやすいコンディションではありませんでした。

目標は100分切りのペースで走り,大会最低ペースの5分半が少しは楽に思えるようになればいいなと考えてました。

しかし100分を切ること自体なかなか大変で,やっとのことで98分台の走りでした。ゴールした後も呼吸が苦しく,ハーフレースがそんな甘いものではないことを思い知らされたのです。

ただしレース後は予定通り,サンシャインSCの芋洗いのようなお風呂でしたが,気持ちよく入浴,枝豆とビールで水分補給をさせていただきました。

その後,悪友と合流し,更に飲みつづけたのは言うまでもありません。悪癖は生まれ変わらなければ治らないかもしれません。(^_^;

そんなことで1週間後に控えた北海道マラソン,この日以降は極力疲労を抜くようにして,トレーニングも軽いメニューにすることにしました。

食事は炭水化物中心のメニューにし,朝昼晩とご飯やぱすた,うどん等を食べまくりです。練習量も少なくしているのであっという間に,3キロの体重増でした。

1キロ体重が増えると5分もタイムが落ちる,などと読んだり聴いたりしていたので,こりゃぁいけないと慌てたものです。

カーボローディングって体重が増えますよね。(笑)

そして3日前からは完全に休養,身体をまったく動かしませんでした。こんなんでいいのかな?って焦りもありましたが,ここはグット我慢の体力温存です。

この3日間はホントあっという間に過ぎ去って,いつのまにか大会当日となっていました。

この間は練習こそしていませんでしたが,Ogamanさんのアドバイス,完走へのイメ-ジトレーニングは随分としました。

走れる…,大丈夫…,完走できる…,絶対最後まで走りきる…,中島公園にたどり着こう…,ゴールではおもいっきり両手を揚げよう…,そんなことをいつも考えていました。

もちろん不安は一杯です。なんたって練習では37キロまでは走ったことがあるけど(1度だけ),40キロ以上を走った経験がありません。

まさに未知の世界です。どんな艱難辛苦が待ち受けているのでしょうか?想像すら出来ませんでした。

しかしこのイメトレが功を奏したのでしょうか,何となく自分は完走できるんだ,ゴールゲートをくぐることが出来るんだ,と思うようになったのです。

一種の自己暗示でしょう。もちろん沢山の不安はありましたが,女房にも「オレ,もしかしたら完走できるような気がしてきた」と話していたほどでした。

会社の同僚,数人にも北海道マラソン出走のことも話し…,あっ!そうそう 2日前には会社の慰安旅行で定山渓温泉に1泊2日で旅行に行っていました。

2日前から禁酒と決めていたので,この宴会でのお酒抜きはつらかった~。(^_^;

ウーロン茶ばかり飲んで,ご飯もお代わり二膳,二次会でもおにぎりパクパクで,すっかりお腹が膨れてしまいました。

今考えると,この時のカーボローディングが終盤の踏ん張りを生んだのかも?(そんなこたぁーないか)

そこでも会社の同僚数人には出走の話しをしていて,自分にプレーシャーをかけています。

Ogamanさんばりに,メーリングリストを作って同僚数人がGTmail速報を受け取ることになりました。(ただこれは私の設定ミスで,まったく速報が届かず,みんなに迷惑をかけてしまうことになるのですが…)

そんなことで旅行の翌日帰りがてら,中島公園パークホテルに寄って受付を済ませてきました。

地下鉄出入口横からゴールゲートまでのヴィクトリーロードを,イメージしながら歩きました。

明日,必ずここまで戻ってくるんだ!この両脇には沢山の応援の人達が応援してくれている。

歓声の中を一歩一歩ゴールに向かうんだ。絶対完走してやる!

<大会当日>

前日の夜は,やはりなかなか寝付けないものです。寝苦しかったのもありますが,2時近くまで布団の中であっち向きこっち向きしていました。

女房もタケダファミリーのスタートが早いので,早めに床に付きましたが,同じく寝付けなかったようです。

それでも朝6時に目覚めると,気になっていた空を見上げます。

天候は予報どおり,最高の青空です。最高気温29度,厳しいレース展開を予感させてくれます。

まずは休日日課のゴロ散歩にでかけ,ストレッチをしてきます。興奮も緊張もなく,いつものように散歩道を歩くことが出来ます。

朝食はトーストにバターと蜂蜜,ベーコンエッグ,プロティン入りのミルク,野菜サラダ,コーヒーのいつものメニューです。

女房はスタートが早く,友人と一緒に真駒内に向かうというので,私より先に家を出ます。

自分は女房のゴール時間に間に合うよう,8時半のJRに乗って札幌駅まで,地下鉄に乗り換え真駒内までの行程です。

地下鉄内には北海道マラソンの荷物入れビニールバックを担いだランナーで一杯です。

自分の荷物はこのビニール袋に入れ,荷物を預けるのです。その荷物は専用トラックで,ゴールである中島公園に運んでくれるのです。

真駒内競技場に到着すると,ちょうどタケダファミリーマラソンの人達がゴールしていました。

女房は1時間を切るのが目標。到着したのがスタートから45分後です。あともう少しで向こうに見える小さな橋を越えてやってくるでしょう。

次々と競技場内に入ってくるのを見ていると,橋を越えてやってきた女房の姿が見えました。55分前後だったでしょうか。

あまり苦しそうな顔もしていなかったので安心してシャッターを切りましたが,走っている人間を撮るってなかなか難しいものです。2枚しか撮れませんでした。

結局58分台でゴールできたようで,本人も目標達成!残るは私の初フル初完走です。

嫌が応にも気持ちが高揚してきます。

競技場前の芝生には,すでに沢山の参加者達が場所を取って,ストレッチや談笑,軽い食事などをしています。

去年の10月,軽い気持ちで走ろうかなーと,はっきりした意志ももたずに迷っていた頃、北海道マラソン完走記を読んで痛く感動し,走る意志を固めたものでした。

そこにはすでに数人のお仲間さんたちが集合しており,ポン太さん,シーハイルさん,江別市民さん,tanさん,NO.71さん,ジュンジュンさん,LEONさん,ますたー,猿吉くん,どんどん集結してきます。

まわりの先輩ランナーさんがたから色んなアドバイスを受けながら,近づいてくるスタート時間を待ちます。

補給食は持参のおにぎり一つ。その分水分は朝から絶え間なく摂り続けています。地下鉄を降りてからずっとペットボトルを持ちつづけていました。

右腕にはサインペンで関門閉鎖時刻を書き入れます。持ってきたのが水性だったので,汗をかいて何かでこすると流れてしまいました。

それでも何とか判読できましたが,走ってる最中に確認するのには容易でありません。腕に直接書くならば油性サインペンをお奨めします。(^_^)

いよいよスタート30分前です。自分の荷物をトラックに預けに行きます。ナンバーごとに分かれて,5?6台はあったでしょうか?

ますたーが見つけて言ってました。「このトラックって新聞配送車なんだねー」 どうもそうだったようです。

そのまま江別さん,ますたーと競技場内に入ります。決められた入場口から入らないと,シューズにつけたチップが認識されないと説明が気にありましたので,この入り口で本当に大丈夫なのかな?と不安になりましたが,江別市民さんに確認すると「大丈夫!心配しなくて」と言われ,少しホッとしました。

競技場の中はナンバーカードごとにプラカードで位置が示されていて,江別さんのナンバー前後のプラカードが一箇所抜けていました。

係の人に尋ねていましたが,どうも抜け忘れたらしく,そんなハプニングもありました。

この時間になると気温がドンドンあがってきて,アナウンスによるとすでに競技場内は30度を超えたとのこと。かなり強い日差しが照り付けてきます。

私のナンバーは4439,最後列から3-4列目前のほとんどドン尻からのスタートです。

あまりの暑さにウォーミングアップをする気も起きず,トラックの一番外側にある軒下に日陰があるのを見つけ選手達が皆,直射日光を避けに入っていました。

自分もその中に入ってじっとスタート時間を待ちます。(ここは案外涼しくて居心地が良かった)

そしていよいよアナウンスがスタート10分前を知らせます。

皆,軒下から出て行き自分のプラカードの位置につきます。

時間が経つにつれ少しずつ少しずつ列が前に押していきます。

後ろを見ると自分の他には数名程度しか残っていません。ますたーはニコニコしながら後ろの方で足踏みをしています。我々,本当のドン尻スタートです。

スタンドを見ると女房と友人が手を振っています。自分も気が付き,大きく手を振ります。

途中,中間地点での往路・復路ともに待っていてくれる約束で,早く移動したかったはずですが,スタート時間まで居てくれたのです。

さていよいよスタート5分前。さらに列は前に前に移動していきます。

スタートラインまでのロスタイムはどのくらいだろう?2-3分は覚悟しなければ…,等と考えているうちに本当にピストルの号砲と同時に花火が高々と上がりました。


<スタート>

最初はそろそろ歩き程度でしたが,以外に早くスピードも上がり,スタートラインまでのロスは1分20秒程度です。

(こんなもんか…,とはじめは思いましたが,私のようなギリギリランナーにとってこの1分20秒のタイムは後になってどんなに大事な時間だったかが理解できるのです。)

競技場の出口では,金管のバンドが高らかとダンスナンバー(確かオーティス・レディングの曲)を奏でてくれます。

おっ,いいぞ!こんなファンキーなナンバーを演ってくれるなんて,テンション上がるぜ!

競技場を出てからすぐ物凄い勢いで左にコースアウトしていく選手がいます。行き先は公園内のトイレでした。あんなスタート直後に行く人もいるんですね。

真駒内通りでは,すでに大勢の市民が沿道で応援してくれています。

ここから5キロ地点までは上り坂で,あまりペースアップをしない方がよいと,雑誌やらいろんな方からもアドバイスをもらっていましたので,関門に引っかからない程度のスピードで走ります。

そして最初の給水ポイントです。

これもいろんな方から聞いていたとおり,最初のテーブルにはほとんどコップがありません。

確か3番目のテーブルにコップが比較的残っていたのでそこに向かうと,みんな同じようにそのテーブルに殺到していきます。

テーブルについてコップを取ろうとすると,後から後から人が押し寄せてきてテーブル自体が倒れるところでした。さらに私に思いっきりぶつかってきた輩もいて,一瞬怒鳴ってやろうと思いましたがそこはグット押さえて逆に押し返してやりました。

やはり最初の給水ポイントは聞きしに勝る激戦地帯でした。この後も同じ状態が15キロのポイントあたりまで続いたでしょうか,暑さのせいもあったのかもしれません。

その後自分は給水ポイントで水を取らなかった場所はありません,スポンジこそ毎回取りませんでしたが水だけは取るようにし,更に頭から何度水をかぶったことでしょう。それだけ当日の暑さは厳しいものがありました。

5キロ地点が近づいた時,一人のランナーが怒鳴り散らすように,「早く前に進まないと関門に引っかかるぞー」と言いながらスピードを上げていきました。

なにキリキリしてんだろー,って思っていましたが…。


5キロ通過タイム 28:14 貯金46秒 危なかった(汗)


中の島通りから10キロ地点まではほとんど最後の団子状態。前も後ろもランナーだらけ。(当たり前か 笑)

スポンジもすぐには取れません。給水と同じく,最初のテーブルはあきらめて先のテーブルを目指します。

10キロを通過するあたりでは気温も上昇し,27度まで上がっています。

スポンジの水を頭から絞り,びしょ濡れになって走りますが,すぐ乾いてしまうくらいです。同時に二つスポンジを貰い,ひとつは頭にかけ,もうひとつは背中にかけました。

しかし背中にかけた水は真っ直ぐお尻から足元に流れ込み,シューズの中まで水浸しになってしまいました。

失敗した!と思いましたが,何の事はない,すぐに乾いてしまうほど気温が高かったのでした。

10キロの地点を通過したあたりでは,「30キロまではウォーミングアップ,あせっちゃいけない,早く走ることはない,関門を無事通過するだけ」と自分に言い聞かせながら走っていました。

30キロからが勝負,その先は未知の世界,無い力を温存させなければ。そのことだけを考えて10キロ地点を通過します。

そして10キロ通過のGTmailが,女房や会社の仲間たちに届いているんだ,この先も発信し続けよう!と自分を励ましているのでした。後にとんでもない思い込みだったことが判明するのですが…。(^_^;)


10キロ通過タイム 54:40 貯金2分20秒 まだ危ない


平岸通りの商店街を直線的に走りつづけます。

北区に住んでいる私にとって,このあたりは普段めったに通ることの無い地域です。沿道にはびっしりと応援の人たちが並んで旗を振ってくれています。

それでも豊平6条あたりの風景には見覚えがあります。かなり町並みも変わって,東豊線の地下鉄駅などが出来ましたが,私の母校の名前がついた駅名の前を通ります。

あの頃はめったに学校に行かない不良学生でしたが,たまに学校に行く時には中島公園の地下鉄から南大橋を渡って水車町まで行くあの橋が恨めしくて。特に雨・雪・風の日には何度引き返したことか。(^_^;)

今では便利になったものです,通学で地下鉄駅を上がったらそこはもう大学なんですもの。現在の学生がうらやましい。あの頃もそうだったら毎日通ったのに!(うそうそ 笑)

そんなことを考えながら1条大橋を渡り,中央区へと侵入していきます。


15キロ通過タイム 1:20:43 貯金4分17秒 ちょっぴり余裕出来た


アンダーパスをくぐって抜けると北光線東8丁目通りを走ります。やっとこのあたりから普段車でも通行する道になります。やっぱり見慣れている風景を走るのは気分的にも楽です。

東区役所のあたりにも沢山の応援が,とってもありがたく沿道の人の顔もまだよく見ることが出来ます。

すると,大きな声で応援している女性が遠くに見えます。やっぱりこあきさん姿煮さんご夫妻です。

「いーぞーその調子!」と声援をいただきます。この後何度声援をいただいたか,35キロ過ぎの叱咤激励が無かったら完走出来たかど-か。(^_^;

そのまま北上し,北24条で左折し西に進路を変えます。

このあたりも学生時代住んでいた場所。懐かしい風景です。

あのはらぺこのお腹を満たしてくれた「宝来」,まだ健在でした。ここのチャーハン大盛は驚異的だった!

地下鉄入り口近辺は変わってしまったけど,町並みはあんまし変わらんなー。

西高校を過ぎると変なメニューが沢山の「ラーメン茂」があります。あれ?今日は店開けてないようです。こんな沿道沿いだと商売も上がったりなんでしょうか?逆にお客が入るような気もするけど…。

当時は25条西5丁目という歓楽街に住んでいて,4階建てのワンルーム。そーいや2階にはキャバレー,ア○ゾ○が入っていたっけ。(-_-;)

想い出深い24条を通り過ぎて新川に向かいます。新川の中間地点では女房と友人が,ヴァームのゼリーとドリンクを持って待っていてくれるはずです。

エードでは必ず給水していましたが,やはり待っていてくれる女房からもらうドリンクが楽しみです。

早く中間地点にたどり着きたい気持ちで,20キロを通過。


20キロ通過タイム 1:47:32 貯金4分28秒 もうチョット貯金が欲しい


これで20キロのGTmailがみんなに届く。公言していた最低到達目標まであと10キロです。

24条通りを右折し新川通りの中間点を過ぎると右側にヴァームを持っている女房を発見。向こうは気がついていないようです。

走ってくる何人ものランナーを見続けるのですから,待っている人より走っているランナーの方が人を見つけやすいのです。

「おー,サンキュー,ドリンクちょうだい」
「大丈夫かい?」
「うん,大丈夫」

500mlのボトルをもらって飲みながら走りますが,そんなに飲めません。すると少し行ったところに一緒に応援してくれている友人を発見。

「これもういわ,もってて」
「はい,頑張ってね」

またここまで戻ってくるさ!タケダ10kmで疲れているのに,同じく待っていてくれる女房と友人のためにも。そしてヴァームゼリーチューブで最後の活力を得るためにも。

新川通りをまた右折し新琴似方面に進みますが,記憶ではこの直線で千葉ちゃん方トップ集団とすれ違ったはず。

大きなストライドで飛ぶように走っていたのが印象的です。周りにいた男性ストーカーランナー達もついて行くのに大変だったことでしょう。

ここから先の給水ポイントでは必ず頭から水をかぶっていました。記録を見ると25-30kmの間が一番気温が上昇しています。

どおりで苦しいはずです。30キロまではウォーミングアップ,残りの12.195kmがマラソンだなんて,とっても言ってられなくなってきました。

今度は琴似栄町通りを左折し新琴似1番通りに向かいます。

この長い直線の往復と第1折り返し,第2折り返しの往復,35キロ地点の関門までの約12キロのコースは最高に辛かった。


25キロ通過タイム 2:15:02 貯金4分58秒 もう少し余裕が欲しい


この直線での記憶はほとんどありません。ただただ足を前に前に運んでいただけです。

沿道の声援も発寒方面に行くにつれだんだんと少なくなってきます。

26キロ地点あたりで折り返してくる,知り合いのランナーさんとすれ違います。江別市民さんです。

折り返しで31キロくらいの地点ですから,約5km離されています。走力からして当然の差ですが,淡々と走っている様子はうらやましいくらいです。

またこの大会で走っている間にすれ違った,唯一のお知り合いでした。

第一折り返しの三角はすぐにやってきましたが,第二折り返しにたどり着くまでの上り勾配は苦しかった。

それでも折り返し手前で,大きな旗を振りながら「ガンバレー,ガンバレー」と大声で声援してくれるおじさんがいました。

ここはなんとか気力で折り返し戻るための十字路に向かいます。まわりの人たちも一様に苦悶の表情です。

ここで印象に残る抜かれ方をしています。

苦しいながらも前を走っていた大柄な,というか体型的にはどう見てもランナー体型ではなく,はっきり言って肥満した体型のランナーがいたので一度抜かしました。

へ~,こんな人も北海道マラソンにエントリーしてるんだ,と思いながら。

しかし1kmも行かないうちに,そのランナーに抜き返されたのです。そしてその後抜いた記憶が無いのでそのまま先を走っていたのかもしれません。(気が付かなかったのかもしれませんが)

体型はどうであれ,走力は見た目では一概に測れないものでした。


30キロ通過タイム 2:43:02 貯金4分58秒 かなり苦しくなってきた


ようやく30キロ地点到着です。当初の最低到達目標達成です。これで会社の奴らにも顔向けできます。

ただ30キロまでがウォーミングアップなんて,生易しいもんじゃありませんでした。そーとーに苦しんでの30キロ到達です。

こんな疲労度ではとってもじゃありませんが,残り12.195kmを走りきる自信が湧いてきません。

「オレ,本当にゴールできるんだろうか?」だんだん弱気な気持ちでいっぱいになってきます。

でも中間地点では帰ってくるだろう私を待って,女房と友人が待っているはず。往路から1時間以上は確実に経過していますので,待つ方も大変だったはずです。

しかしその地点にたどり着くためには,35キロの関門を通り抜けなければなりません。

給水所では暑さで頭から何度も水をかぶります。沿道では大きなポリバケツからひしゃくで水をすくい,ランナーにかけている人もいました。

途中,居酒屋の玄関前でテーブルを出して,焼き鳥なんぞを食べながら観戦している輩もいましたが,ムッと来る気力も無く通り過ぎます。

時計を見ると,30キロを過ぎてからのラップがどんどん遅くなってきています。

スタートから1キロごとにラップボタンを押していたのですが,このあたりからだんだん6分/kに近づいてきます。最低の5分30秒を守りきれないのです。

気持ちは焦ってきますが,どうしようもありません。ただただ足を前に運ぶだけです。

それでも何とか35キロの関門を突破します。苦しい新琴似1番通りの復路でした。


35キロ通過タイム 3:11:50 貯金4分10秒 貯金を崩しはじめます


関門を突破すると同じく右側に女房の姿が見えます。

1時間以上も沿道で待っていてくれてありがとう。声にはなりませんが感謝の眼差しを送ります。

しかし近づくと,「もうダメかもしれない」と弱音が出ます。

「がんばんな!」と女房。

そして約束のバームゼリーをもらいエネルギーの補給です。少しぬるく感じたけど一気に吸い込みます。

少し行くと同じく待っていてくれた友人が消炎スプレーを差し出して「これ使うかい」と言ってくれましたが,止まるのが恐ろしくて「いや,いーわ」と走りすぎました。

後で聞くと苦しそうな人,何人かにスプレーをかけてあげていたそうです。来年はかけてもらうのもいいかなって思ってます。

36キロから38キロ地点は北大の裏側の通りです。友人のマンションのすぐ前を通過するので事前に知らせていたのですが見当たりませんでした。(後日話をしたら中島公園の入り口にいたとのこと,知らなかったー)

最終関門の40キロ地点を目指すものの,脚が思うように前に行ってくれません。

ラップタイムはほとんど6分台にまで落ち込んでいます。

このままタイムが落ちていくと40キロの関門を突破できないかもしれない。

気持ちはドンドン落ち込んで,良くない結果だけが頭をよぎります。

つらい,つらい,つらい…。

もうやめてしまいたい。

歩いたらどんなに楽になるだろう。

オレは何のために完走を目指しているんだ。

誰のためでもない,自分のためだ!

オレがいままでやってきたどうしょうもないバカなこと。

取り返しのつかないとんでもないこと。

うまくいかない自分の親とのこと。

うまくいかない自分の子供とのこと。

いろんなことがどっしり肩にのしかかっていた毎日。

でも完走することで振り切りたかった。

自分で自分を追い込んだのも,オレが今までやったことを否定するのではなくて肯定したかった。

だから完走したかった。

苦しくて苦しくて息も出来ない毎日があった。

無断で会社を抜け出したこともあった。

そんなことも肯定したかった。

走りながら涙こそ出なかったけれど,どーしょうもなく完走したかった。


でも気持ちとはうらはら,足は動かなくなり,最後の関門をあきらめかけていたとき,自転車のこあきさんが現れます。

「もーだめかもしれない」

「なに言ってんだー,行けー行けー!」「後にまだやすこ残ってんだぞー」

「えっ!オレの後ろにいるのー?」

これで気力と脚力が復活しました。

江別市民さんではないけれど,この時こあきさんは女神に見えました。

後に,「あれは私の姿を借りた奥さんの言葉だと思ってくださいねー」

その後どこで抜かれたのか,NO.71さんは私より先にゴールしてましたけどね。(^_^;)

植物園横の通りでは激しい雨が降り出し,私にとっては恵みの雨でした。雨にぬれながら,ふぅ~気持ちいい,もっと降ってくれーと念じていたほどです。

沿道の方々は雨を避けながら木の下に雨宿りをしています。そしてそこには59のプラカードを首から下げたますたーの奥さんが応援してくれていました。

「ままー」とだけ声をかけると気が付いて,「ガンバ!」と言ってくれました。

そして大通り11丁目を左折すると,とうとう最終関門が視界に入ってきました。

大通り公園沿いでは容器を持って,飴でしょうか何かをランナーに差し出してくれている人がいます。

あとは時計の残り時間との競争です。ぎりぎり間に合うかもしれない,足を動かすんだ!

そしてとうとう最終関門を突破!


40キロ通過タイム 3:41:18 貯金3分42秒 危なかったー。

越えました。最後の関門を越えました。

うれしかったー。

もー,いいかなって思いました。

そして歩きが入りました。(終わってからですが,やっぱりレースは最後まで歩くべきではないと反省)

一気に気が抜けました。

一頭最初に思ったのは,これでもう収容車はこないだろう,でした。

あとは歩いてもゴールできる。そんな甘えが出てしまいました。

大通りを右折し,ススキノ方向に進路を変えると,あら不思議。再度走る気力が湧いてきます。

中島公園まで一直線だ。

ヨタヨタした足取りながら,ヴィクトリーロード目指して進みます。

最後の給水ポイントでも,コップを二つもらい,ひとつは飲んで,残りは頭からかぶります。

メガネが水でぬれて前が見にくいけど,そんなことお構いなしです。

中川スポーツ店の前を通り過ぎ,ススキノのど真ん中を走ります。

こんなところを自分が日の高いうちに走るなんて,昨年までの自分は考えもしなかったこと。なんとなくおかしな気分で走り抜けました。

そしてとうとう中島公園に突入,ヴィクトリーロードです。

左右にこんなに沢山の人が応援しているなんて!感動の連続です。

そして夢にまで見た,ゴールのゲートが…。

くぐり抜けます。

両手を挙げて。

苦しかったけど安堵の笑みを浮かべて。


ゴール       3:55:07 


そこには江別市民さん,シーハイルさん,NO.71さん,カッチさん達が迎えてくれていました。

仲間達の顔を見ると,ぐっとこみ上げてくるものがありましたが,そこは男の子の我慢で奥の給水所に向かいボトルをもらいます。

公園内の園路に腰をおろすと,しばらく身体を動かせない状態です。

10分ほど放心状態だったのでしょう。完走メダルをもらっていないことに気づき,ボウイスカウトの少年から首にかけてもらいました。

預けてあった荷物を受け取り,携帯を見ると,女房から「完走おめでとう!」のメールが。

うれしかった!

40キロの関門を越えたGTmailを受け取って,完走を確認したそうです。

更にもう一件のメールが…。

会社の仲間達に配信していたはずのGTmailが一切届いてないとのこと。

私の設定ミスでした。

後から聞いた話で,会社の連中は5キロ迄行かないうちに収容された,なんらかのトラブルで出走を見送った,といろいろ憶測をしていたそうです。

自分に届いていたGTmailを転送して,皆に知らせてもらったのはすでに4時半をとうにまわっていた時間でした。

そんなことで完走したら参加しようと思っていたフェアウェルパーティーの時間もせまってきたので,予定の銭湯に行くことにしました。

道々今日一日を思い浮かべながら歩いていると,突然目頭が熱くなり,目の前の歩道がゆらゆらゆれて見えるようになってしまいました。

すれ違う人たち(銭湯帰りのランナーぽい)に見られるのが恥ずかしくて,歩きを速めます。

銭湯は予想通り激込みでしたが,あふれ出る涙を流れるお湯がかくしてくれました。

さぁ!今夜はパーティーだ。

とことんまで飲み明かそう!



おしまい。




ラップタイム

7'10'12     1
10'32'32    2-3
5'15'23     4
5'14'30    5 28'14
5'41'60     6
10'23'98   7-8
5'1120 9
5'08'66 10 54'40
5'07'65 11
5'08'69 12
5'11'58 13
5'10'51 14
5'24'43 15 1'2043
5'21'15 16
5'06'48 17
5'29'80 18
5'22'89 19
5'26'64 20 1'47'32
5'32'83 21
00'37'29
10'19'97 22-23
5'33'93 24
5'27'66 25 2'15'02
5'40'41 26
5'33'15 27
5'19'22 28
5'51'46 29
5'36'55 30 2'43'02
5'32'16 31
5'49'97 32
5'38'36 33
5'55'48 34
5'52'09 35 3'11'50
6'00'84 36
6'12'30 37
6'22'49 38
6'00'39 39
4'54'09 40 3'41'18
12'26'73 41-42
1'18'66     0.195   3'55'07

(自己時計)
最後2.195キロは13分49秒かかって走ったことになります。

10k: 54:40実
20k: 1:47:32実
30K: 2:43:02実
40K: 3:41:18実
GOAL: 3:55:07実
時刻:16:05:07実
(GTMail)


気温
スタート 28.0度
5キロ  25.0度
10キロ 27.0度
15キロ 26.3度
20キロ 27.0度
25キロ 28.0度
30キロ 27.0度
35キロ 29.0度
40キロ 26.0度
ゴール 26.0度

テーマ=マラソン - ジャンル=スポーツ

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2005夕涼みマラソン ++++++++ マラソン大会の完走記2004-2005

2005/08/20 00:02

夕涼みマラソン
2005年8月20日(土)午後2時30分 

北海道マラソンの足慣らしということでエントリー。
夕方の河川敷を走るって気持ちいいかも?

結果 1時間38分49秒

テーマ=マラソン - ジャンル=スポーツ

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2005釧路湿原マラソン ++++++++ マラソン大会の完走記2004-2005

2005/07/31 23:04

2005年7月31日(日) 第33回釧路湿原マラソン

大会エントリーいたしました。
この大会には出てみたいなーと思っていたのですが,北海道マラソンにエントリーしたことで,調整レースというか,フルへのステップアップとして挑戦します。
どこまで目標タイムで行けるか?この結果如何によって北海道マラソンの明暗が…。(出走前)


釧路1


ゴール前 余裕でしょう。(^_^)

釧路2


ラストスパート 肘の引き具合を見てください!

釧路3


ゴール後 チョットお疲れ。




●釧路湿原マラソン2005完走記

この大会にはシーズン初めから参加したいと,ただ漠然と思っていました。

仕事の担当地区が,釧路を中心とした道東地区だったことも大きな理由ですが,シーズン初めはフルを走るにはまだ大きな不安があり,走れても30kmが限界なのではとの思いがあったことも事実です。

その後初のハーフレースを経験し,いざ北海道マラソンにエントリーした時には,釧路湿原マラソン参加も同時に決意していました。

無謀にも,初フルを北海道マラソンにしてしまった,恐いもの知らずで無知な私に,沢山の先輩ランナーさん方から,湿原マラソン参加を勧められたことも大きな要因です。

湿原マラソンは道内でも珍しい,30kmという長さなので,大会実行委員会も北海道マラソンに向けての調整レースというキャッチフレーズで,各地から多数の参加者が欲しい意向もあるようです。

先の千歳JALマラソン完走記でも書きましたが,このレースは本当に苦しいレースで,ゴール後に吐いてしまうのではないかと思われるくらいの,無酸素ランになっていました。

北海道マラソンエントリー前にこのレースを経験していたら,決して道マラにエントリーする暴挙には出ていなかったでしょう。

いずれにしても,ハーフ以上の距離のレースには参加したことが無いので,フルを走る前にはいい経験になると思い早速エントリーしたものでした。

さらにこの大会では,走り始めたばかりの女房を,10kmのレースに無理やりエントリーして,一緒に参加することになったのです。

実は本人は大のゴルフ好きで,無酸素系人間なのですが,女房の友人がマラソンをしていて,ホノルルやナハマラソンに参加しているのを聞いていて,少なからず興味はあったようです。

また,何度も挑戦して達成できない禁煙も,走ることによって実現できるかとの思いもあったようです。

私はすでに禁煙に成功して,約1年が経とうとしていますが,女房はなかなか止められないのです。(現在は禁煙に成功しています)

一説によると女性は薬物に対する依存度が高く,アルコールや薬の中毒になりやすいとか?

動機が何であれ,走ることを始めようと思った気持ちを大切にし,一緒に参加することを楽しみにしていたのでした。

千歳ハーフ後も,順調に練習を重ね,7月に入って中頃にはすでに150kmを軽くオーバーする距離を走っていました。

ただし,今まで平日の夜や,日曜に出ていたエアロの回数がめっきり減ってきました。

私のイントラさん♪のエアロも,気づかない間に,1ヶ月も出ていなくて,しばらくぶりにスタジオに行くと,イントラさんから「お久しぶりですね」って言われたほどです。

エアロにはなかなか出れないけれど,出来るだけステップのクラスと筋トレだけはやろうと心がけていましたが,これも思うように出来ませんでした。

その分走行距離が増えていたのでしょう。順調に釧路湿原マラソンまで行くと,初めての300kmオーバーを達成できると確信していたほどです。

16日からの3連休を前にした,出張から帰ってきた金曜にも気合を入れて,夕方に15-16kmの練習をし,少々の脱水状態になっていましたがその分,夜の給水で補ったつもりでした。

ところが,その夜に,悲痛な叫び声を上げることになるのです。

約2年前の発作を最後に,最近は症状が無かった,尿管結石の激痛です。

この結石を経験している人にはご理解いただけると思いますが,大の大人が,のたうちまわり,声を出して泣くほどの痛みなのです。

痛み止めの座薬を4時間おきに差しますが,いったん激痛が走ると,痛み止めなんかまったく効いてくれません。

喩えると,背中にあの巨大なテトラポットを乗せられたような,重くズドンとのしかかって来るような,呼吸が止まるくらいの激痛です。

その夜は,座薬を差してしばらくはうとうとするのですが,すぐに激痛で目が覚め転げまわりながら痛みに耐えます。その繰り返しで朝を迎えました。

朝になると女房にお願いし,前回の発作の時にも行っている病院に,車で送ってもらいました。

病院に着くと,沢山の外来患者がロビーで待っています。

痛みで,背中を抑えながら受付を済ますと,看護婦さんが「中のベットで横になっていてください」と言ってくれたのですぐさま横になりました。

眠気と痛さで,熟睡は出来ないのですが,時々激痛が走るので,声を出してこらえているのを,看護婦さんが何度か様子を見に来ています。

ベットに横になって2時間近く経った頃,看護婦さんが,「意志が朦朧となるけど,痛み止めの注射を打ちますね」と注射を打ちました。

これから,造影剤を注射し,時間の経過事にレントゲンを撮ったりするので,あまり痛みがあるとまずいのだそうです。

何の注射かは訊いていませんが,意識が朦朧となるというからには,モルヒネみたいなものだったのかもしれません。

さすがに注射後は激痛は出ませんでしたが,重い痛みは継続しています。

この間,女房はずっと待っていてくれ,ゴロと散歩に行ったり,朝ご飯を食べていなかったので,病院の売店で買ったおにぎりと,ポットに持参したj珈琲を飲んだりしていたようです。

注射後もレントゲンやMRIが終わるまで,1時間近くはかかるということなので,技師のひとにお願いして,女房にその旨を伝えてもらい,先に自宅に帰ってもらいました。

レントゲン後,問診で先生から写真を見せてもらいましたが,結石は約5ミリ程度の大きさで,尿管途中で止まっていました。

止まっている側の腎臓は反対側と比べると,約2倍の大きさに腫れ上がっています。その大きさのあまりの違いに,息が詰まる思いでした。

腎臓の断面図を見ると,まだ5-6個の結石が見えます。

こいつらがまた落ちてきて,悪さする危険性があるとおもうとぞっとしますが,これも身から出たさび,じゃぁなくって,身から出た石と,あきらめるほかありません。(^_^)

そして「このくらいの大きさの石が一番悪さをするんだよなー,自力で外に出すしかありませんねー,まぁあと1週間くらいででしょう,水分をたくさんとって,運動をすることですね」とお医者さんは言います。

もう二度とこんな痛い思いをしないよう,そのためにフィットネスにかよってエアロをしたり,ランまで始めたのに!(>.<)

そんなことで,薬局から痛み止めの座薬と,血管を拡張させる薬を出してもらい,タクシーで自宅に戻りました。

ちょうど3連休の初日だったのですが,痛みと戦いながら,座薬を差して,まるまる三日間は寝て暮らしました。

腎臓が腫れてるせいか,微熱も続き,食欲も無く,ぐっすり眠れないので寝ていても結構疲れます。

そして,とうとう石が落ちないまま火曜の出社日となり,背中を押さえながら泣く泣く会社に出ました。

この時期は仕事のピーク時でしたから,またすぐ出張に出掛けなければいけません。少々心配でしたが,座薬を持って車に乗り込みました。

幸い,別な社員が運転して行く事になったので,隣で座ってるだけでしたが,いつまた痛みが出るかと内心心配しながらの道中でした。

また,その社員の車が車検で,乗った車が代車だったため,乗り心地も悪く,がたがた揺られながらの長距離でした。

冗談で,一日中こんなに上下動してたら,さすがの石も出てくるんじゃない?って笑っていたものです。

それが,まさかのまさか,その日の夕刻,忘れもしない白糠町のコンビニ,セ○コー○ートのトイレで排石したのです。

水底にゆらゆら映る球形の緑っぽい石を見ていると,うれしさと言うよりも,愛おしさを感じたほどです。

なんか,闘病記みたいになってしまいましたが,やっとのことで石が出くれて練習を再開することが出来るようになったのが7月の20日過ぎ,大会まであと2週間しかありませんでした。

その後,サロマに参加されていた方々がカウサンで打ち上げをやっていると知り,石が出た喜びもあって,急遽参加したのもこのころです。


この湿原マラソンでの自分の目標は,設定したタイムで30キロをイーブンで走りきること。

北海道マラソンでは最低スピードが約5分半ですので,この30キロレースでは5分フラットで走りきることを目標にしていました。

そして,ゴールしたあとも余力が残っていれば,残りの12.195キロを走りきる可能性を感じられるのではないだろうかとの思惑です。

一方,女房も今回が初めてのレース,緊張と不安もあるのでしょう。週に2-3回の練習をしていて,1日に7-8キロは走っていたようです。

いざ走り始めると,走ることの楽しさを改めて感じているらしく,この頃から夫婦の話題はランが中心になってくるのでした。

そんなことで,大会前日の土曜日,北見まわりで釧路に入りました。翌日の大会には実家の義父義母も誘ってあり,その打合せも兼ねてです。

レース後,一緒に釧路に泊まって,美味しい食事を一緒にして,ゆっくりしてもらおうと,我が家からのご招待のつもりです。

こんなことぐらいしか親孝行が出来ないのですが,よろこんでくれているみたいでした。

釧路市内に入って,女房の10キロコースを下見しようと競技場近くに行くと,反対車線が車で大渋滞しています。

なんだ?なんだ?と思っていたら,ニチハム戦が終わって,帰る車の列でした。

翌日の朝,ばったりお顔を合わせることになるパパさんは,この野球も観戦していたようです。さすが熱烈ニチハムファンです。

いったん宿泊先のキャッスルホテルにチェックインしてから,軽く河畔を走りました。

その日もいつもの釧路らしく濃いガスがかかっていて,外に出るとウェアがしっとりとしてきます。

二人で走っていると,何組かのランナーとすれ違います。このあたりにはホテルが集中しているので,遠方から参加している人たちが走っていたのでしょう。

さて夕食は,私のホームグラウンドのTAOに出掛けます。事前に女房も行くことを,TAOご夫妻に話していたのですが,昨年の夏以来1年ぶりなのでとても喜んでくれます。

残念なのはアルコールを飲めないこと。いや,別に飲んでもいいのですが,自分で決めたこと,。一旦飲んでしまうと際限なく飲んでしまう自分が恐いのです。(^.^)

現在の私のルールでは,ハーフは前日飲まない,フルは2日前から飲まない,まぁ,おまじないみたいなもんですケド。(^_^;


女房は1-2杯ビールを飲んでいたようですが,隣に飲まない人がいると,やはりはかどらないようで食事とおしゃべりがメインの前夜祭でした。

頼んだメニューのなかでも,シャケのはさみ漬,サラダ,特製コロッケ,ところてん等がとっても美味しくて,明日義父義母にも食べさせてあげようとお互い同意です。

最後に女房はおにぎりとお味噌汁,私はむかし風ナポリタンの大盛。お腹一杯食べて部屋に戻りました。

早めにベットに入りましたが,思ったとおりなかなか寝付けません。結局寝たのは1時過ぎになってしまいました。

朝は6時に起床,レストランは7時からです。私は洋食,女房は和食を頼みました。しっかり食べ,会場へと向かいます。

空模様が怪しく,雨がぽつぽつと来ています。会場につく頃には傘を差して会場に向かう人で一杯です。

雨の中を走ったことが無い私には,あいやー,こりゃぁまいったなー,てな気持ちでした。

外に荷物を置くことも出来ないので,競技場内の休憩更衣室は人で一杯です。やっとスペースを見つけ,荷物をおき,ナンバーカードをつけます。

外に出ると雨のせいか,少ない参加者がインストラクターの指導の元,準備体操を行っています。自分も一緒に身体を動かしました。

いよいよスタート時間が迫ってきますが,雨脚が弱くなるどころか,だんだんと強くなってきます。

ゲスト参加の三宮恵理子さんも傘の中に入って,スタートを待っています。(30キロ参加ではないようですが)

初レース10キロを控えて緊張気味の女房と完走を目指しての握手を交わし,スタートラインに向かいました。

千歳などの大きな大会と違って,スタート位置をどこにとろうと,そう大きな違いが無いので適当なところ,中間あたりに立って号砲を待ちます。

さて,スタートです。

雨の中いっせいに走り出します。応援の沿道に立っている方々も傘を差しての応援で,申し訳ない気持ちです。

ゆっくり走り出すと,義父の顔が…,朝早く北見を出て釧路まで応援に駆けつけてくれました。娘の10キロのスタートはこの後です。雨の中,そして腰も悪いのに,申し訳ありません。

そして,仕事上一番の方(あいまいな言い方ですが,ここまでしか言えませんが)のお顔が。向こうも気がついてビックリしています。頭を下げると「後でね」と笑顔で応えてくれます。よっしゃ!o(^o^)o

走り始めてすぐ,どしゃ降り状態になります。大きな水溜りの中を,シューズをびしょ濡れにさせながら走り抜けなければなりません。

しかし意外とまわりのペースは速く,自分もつられて最初の1-2キロはオーバーペース気味で入ります。

更に意外だったのは,雨中走るなんて不快感だけなんだろーなーって思ってましたが,これまた案外気持ちの良いものでした。

気温が20度前後だったということもありますが,この日から雨の日のランニングが好きになってしまった私です。

そして仕事上どうしても気になることが…。エードのスタッフなのです。

5キロごとのエードには顔見知りの人がチラホラトお手伝いをしています,何人かの方が私を見つけ驚きの表情に。だって参加することなんかお知らせしているわけじゃありませんから,当然の反応です。

なので,最初5キロのエードからエード毎に頭の下げっぱなしでお水を頂戴していきます。

途中沿道でもお知りあいの方と,「あれ~,どーして走ってるの?頑張ってねー」 「あっ,すいません,頑張りまーす」

住宅街を抜け,釧路川の堤防沿いを走りますが,このあたりは固めの砂利道が一部分あります。ほとんどが平ですので走るには支障がありません。

橋を渡るといよいよ釧路湿原の原野に入っていきます。あたりを見回してもただただ原野です。原野の中にアスファルトの道路が真っ直ぐ伸びている感じです。

対面からはウォーキングの部の参加者が旗を持って歩きながら,我々ランナーに声援をかけてくれています。

こんな場面も珍しいことではないでしょうか?釧路湿原マラソンならではの光景かもしれません。

10キロ前後あたりだと記憶しているのですが,私の前をずっと男女ペアの二人が平走しています。

二人とも同じペースを保っていて,ウェアもお揃いっぽくて,何となく上級者を思わせるのです。

おそらくキロ5分程度で走っているので,このアベックの後を付いていこうと思いました。いやいや,何も悪いことは考えてのことではありませんケド。(^_^;

その後25キロ地点まで,このアベックの後を走ることになります。

雨も最初のスタート直後まではどしゃ降りでしたが,その後は天候も持ち直して,晴れ間がのぞいたり,雨が降ってもパラパラ程度で,割と走りやすい天候になってきました。

この時期に20度前後で走れるなんて,さすがは夏場寒い釧路ならではです。

お陰で呼吸もほとんど乱れることも無く,10-20-25とほとんどイーブンペースで走ることが出来ます。

走りはじめに痛みが出た両スネも,そのうちに痛みも感じなくなり,脚全体も異常を感じることなく前に前に足を出すことが出来ます。

20-25までのエードでは,バナナやスイカをもらって食べました。このスイカがことのほか甘く感じましたが,残った皮を沿道に捨てるのがどうにも気後れしてしまいました。

20キロあたりから,前を走っていたアベックのスピードが若干落ちてきたのですが,無理して追い越すことをしないで走っていました。そんなことで,スイカなどを食べる余裕がまだあったのでしょう。

しかし,さすがにアベックの遅さに我慢できず25キロ地点を越えたところで,抜かしに入りました。いったん抜かすためにスピードを上げると,闘争心が沸いてくるのでしょうか?

残り3キロ地点からペースをぐんぐん上げていきます。最後までイーブンで終え,余力が残っていたらフルへの道が開けるかなと考えていたのに,これではラストスパートと同じです。

競技場に入る直線では,少ないながら沿道で応援してくれる市民の方が繋がっています。

一人のランナーと抜きつ抜かれつしながら競技場に突入し,最後に振り切られましたが,トラックに入ってからは家族を見つけるためにスピードを若干落とします。

ゴール手前ではカメラを持った女房と義母が並んで待っていてくれました。ここで写真にあるように余裕の片手上げです。

しかし,ゴールまでの直線は,最後の力を振り絞ってのラストランでした。

イーブンペースでゴールインなんて,とっても無理なことが良く分かりました。だって,人間,ゴールを目の前にすると俄然最後の力を出し切ろうとする作用が働くんですもの。(^_^;

やはりゴール後は息が切れてぜーぜーしてしまい,かなりの無酸素運動になっていたのがわかります。

これじゃ,30キロ以降どこまで走れるかの予想なんて立てられたどころじゃありません。ただ,25キロ地点でスパートをかけられるってことは,少しは余力があったと思いたい,そう自分を納得させたのでした。

そんなことで,朝からゴールのお昼まで応援してくれた両親も疲れていることなので,さっさと後片付けをして,お昼にすることにしました。

何故かレース後の定番になってしまった,焼肉屋さんにGO!です。初レースのさっぽろさよならマラソンの時からの慣例になっているのです。

まずは二人の完走を祝ってビールで乾杯です。ウマイ!(^O^)

その夜は両親と一緒に再びTAOを訪問。昨夜美味しかった同じものを,両親にも食べてもらいました。両親も喜んで食べて飲んで,久しぶりに親孝行した気持ちになったものです。

自分も昨夜,我慢に我慢したビールを,堰を切ったように飲み始めました。両親と女房がホテルに戻ったあとも居残って,知り合いの常連さんとグイグイ。(^o^)

更に二人でもう一軒。ライブ後の打ち上げをやってるお店に入って,バンドの人たちと一緒に飲んだような気がします。

結局ホテルの部屋に戻ったのは2時過ぎだったでしょうか,ほとんどヘロヘロ状態でした。

そんなことで,翌朝は北見に戻る女房両親と分かれ,自分は出先であるこの釧路で出張業務についたのでした。

北海道マラソンに繋がる走りが出来たのかは,どうも不明のまま終わってしまいましたが,30キロまではなんとか関門に引っかからずに走れるかな~って感じることが出来たレースでした。

釧路の気候からは決して耐暑ランの練習にはならないけど,本番前の調整レースとしてはちょうどよい時期の大会です。

来年もぜひ参加したいと考えています。

(おしまい)


25'26  5km
25'35 10km
51'19 20km
26'47 25km
24'28 30km(自己時計)

2'33'31(チップ計測)

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2005千歳JAL国際マラソン ++++++++ マラソン大会の完走記2004-2005

2005/06/05 14:39

第25回 千歳JAL国際マラソン 完走記

2005年6月5日(日)
千歳市青葉公園スタート
ハーフレース 21.0975Km

午前11時 16.3℃
北2 m/s


◆前段

夜半からの雨と低温に,明日の天候を心配しながら布団に入ったのですが,なかなか眠りにつけません。

結局12時を過ぎたところまで記憶にあったのですが,どうやら日にちを越えてからやっと眠りにつけたようでした。

やはり,自分なりの心配事や不安が大きく心の中に占めていたのでしょう。ここ1週間の状態がどうもしっくりこなくて,違和感を感じていましたから…。


5月は豊平川ラン&ウォークでハーフデビューしたこともあって,走行距離も順調に250kmを超えることが出来,トレーニング的にはある程度計画通り進めることが出来ました。

初ハーフも予想通りのタイムでフィニッシュするこことも出来て十分満足できましたし,レース後の後遺症もまったく無く,翌日には走友さん方と20kmのLSDに出掛けたくらいでした。

その後もトレッドミルでの10km走や週末の20km走,平日札幌にいるときにはレギュラーのエアロ,ステップ,筋トレと順調にトレーニングも進みました。

更に出張先でも出来るだけ走るように準備し,春採湖周回や湿原10kmのコース等,工夫しながらランニングを続けていました。

初ハーフを無事乗り切った安心感(慢心)からでしょうか? 無謀にも北海道マラソンにエントリーするという暴挙にも疑念を抱かなかったのは,今思えば浅はかな決断だったと汗顔の至りなのです。

いっそ宦官にでもなったほうが気持ちが楽かも?(それとチャウ!笑)

たった1回のハーフ出場で決心するなんてホント慢心のなせる技で,今回の千歳レースの直後であれば絶対に考えられない愚挙でした。

エントリー宣言時に,ブログ上では皆さんに励まされ,激励され,アドバイスを頂戴し,これはなんとかなるかも…なんて思ったのは千歳を走る前日までの驕慢。

正直な今の私の気持ちは…。

北海道マラソンなんてもとより,この夏,フルマラソンに参加し完走するのは絶対無理!

出来ればフル参加は秋以降初冬か,思い切って来年にしたほうがよいのでは?と思うくらい自信喪失状態です。

私,甘く見ていました。千歳のコースを。

新緑の林道を駆け抜けるとか,森林浴気分で走ろうとか,マイナスイオンでリフレッシュとか…。今考えるとハイキングじゃないって!

スタートのロスさえなく,ラン&ウォーク時の走りをすれば,少なくてもタイムは更新出来るだろうくらいの気持ちがあったのは否定できません。

参加者も道内2番目に多い大会なので,スタート時の公園内の未舗装路や林道での混雑さえ乗り切ればなんとかなるだろうと思っていました。

そんなことで順調に練習をこなしていた5月最後の日曜日,大会のちょうど1週間前です。ちょっと欲張った1日の予定を立ててしまったのです。

前日の土曜には約26kmのLSDをしていました。少なからず疲労は残っていたはずです。

なのにこの日は朝から山に入り山菜取りに。汗だくになりながら斜面を上ったり降りたりしながらのウド採りです。

収穫物を持ち帰って,お昼をとってからは,すぐ近くの公園周回コースで4-5分/kmのペース走。

このペース走はかなりきつかった。頑張ってもめまいがしてきて1回目は4kmまでしか走れませんでした。完全にアネロビックな運動になっていたようです。

それでも何とか8kmは走りきり,ヘロヘロになってフィットネスに直行しました。

ストレッチをしてから中上級エアロをしましたが,このエアロもかなりのキツさで疲労困憊していた様子が日記からもわかります。

普通のステップタッチでさえ脚が張っていて,ジャンプやランニングの動きでは痙攣気味でしたから。

最後のアロマストレッチでは脚が完全に攣っていましたのでオーバートレーニングだったことは間違いありません。

この日以来なんです。脚や膝周りの疲労が抜けなく,完全休養しても違和感が残ったままでした。

大会まで途中ステップ運動のクラスに出たり,トレッドミルでウォーキングをしたりして,身体を軽くしようと試みましたが,脚の疲労は抜けてくれませんでした。

嫌な感じで過ごした大会前1週間でしたが,風邪の症状も出始め,痰が絡んだり熱っぽくなったりはしましたが,そう思い症状にならずに済んだのは勿怪の幸いでした。

そんなかんなで,どうも体調がいまいちだった今大会前でしたが,気持ち的にはリラックスして望むことが出来ました。

かえって緊張して当日を迎えたほうが痛い目にあわずに済んだかもしれませんけど…。(笑)


◆当日朝

なかなか眠りにつけなかった前夜でしたが,予定起床時間の5時には何とか目を覚ますことが出来ました。

昨夜降った雨で路面はまだ濡れていて気温も肌寒いくらいでしたから,10度あるかどーかだったでしょう。

今日の大会は参加人数も多く,飲食のお店やイベント等も用意されていて,さらに滞在時間も長くなる予定でしたので,残念ながら愛犬ゴロはお留守番とあいなりました。(ごめんねー)

家に置いていかれる様子がわかるのかふてくされてるしぐさなのですが,まずは朝のお散歩に出掛けます。

うー,やっぱり今日は寒いやー。ウェアはどうしようかなー?と,かなり迷ってしまう天候です。

今回の朝食は炭水化物よりもたんぱく質を多めに摂ります。まぁ,いつものトーストとハムエッグなのですが(^_^),それと冷やしトマトにスライスオニオン,コーヒーと牛乳です。

いつもと違うのはプロテインを飲んだことくらいです。今のプロテインって,そのまま水で飲んでも結構いけるのに牛乳で飲むとかなり美味です。(直接効果というよりもおまじないだと思って!笑)

女房はお昼のお弁当を作ってくれています。会場でお腹がすいた時に食べる用です。(いつも早い時間に申し訳ないなーと,いつもの声に出さない感謝です)

持ち物は前夜に持ち物リストで確認してますので,忘れ物は無いはずです。それでも,もう一度リストを見返して確認します。

予定通り6時半には自宅を出発できました。これまたいつものように女房が運転。これが助かるんだなー。

途中給水も出来るし,軽い物を食べたりアミノバイタルを飲んだり,運転に注意を向けなくて済むのがホントに楽チンです。

7時半には到着予定でしたが若干早めに高速を降りることができ,ホテル日航の駐車場に入れられることが出来ました。

この場所は会場まで一番近く,高速にも一番乗りやすいベストの駐車場でした。早めに出てよかった!

車を降りてからは大会会場の青葉公園に続く登り坂を進みますが,とても環境の良い公園です。

周りは鬱蒼とした緑の林に囲まれ,入り口には市民図書館がありました。真っ直ぐ上がって行くとスタートのゲートが見えましたが,受付がある市民体育館のほうに向かいます。

すでにテナントのテントも立てられ,周囲では自衛隊の迷彩服姿の人たちが沢山働いています。

ジャガイモをゆでているのでしょうか,炊き出し用の大きな釜から湯気をもくもくと立ち上げながら作業をしています。

参加者は約8000人。完走後いただいたジャガイモは一人3個。ということは,24000個以上のジャガイモを炊き上げなければいけない勘定です。

こりゃぁー,朝から炊き出ししなきゃ間に合わないですよねー。自衛隊の皆さんありがとうございました。

更に,スタート横でのブラスバンドの演奏も自衛隊楽団の皆様。スタート前の気持ちを柔らかに高め,リラックスさせていただきこれまた感謝です。

大会運営に係わる沢山のスタッフのお陰でこうやって楽しく安心して走ることが出来るんですね。

それぞれの大会はそれこそ年に1度の開催ですが,大会を大切に楽しんで,スタッフや自然に感謝しながら走らなければいけないと感じたものでした。

体育館内で無事受付も済ませゼッケンとRCチップをもらいます。

荷物置き場にする陣地は,LEONさんから連絡があったとおり,ゴール左後ろのパークゴルフ林の中に陣取りました。

まだ時間が早いせいか数組がシートやテントを広げていた程度で,バッチリ陣地を確保できました。

下地も芝生でしたので,ウチのテントを張っても良かったかなーって思いましたが,通常の6人用ドームテントなのでチョット大げさかもしれません。

数組の方々と陣地を張るには良いかもしれませんけど…。

もし今後どこかの大会で人数が多くなり,ドーム形テントがご必要とあらばお持ちいたしますので,どーぞご連絡くださいね。ブログ風になっちゃいました。(笑)

シートを広げ荷物を置いてから会場内を見て回りました。出店のテナントのスタッフが用意に忙しく立ち回っていたり,救護班が円陣を組んで最後の打合せなどをしています。

そのうちLEONさんご夫妻もやってきて,同じ場所に陣地を取ります。LEONさんからコースの特徴などを教えてもらってるうちに,いよいよスタート時間が近づいてきます。

体育館内のトイレはすでに長蛇の列です。ただし小の方はすいすい流れています。人がですよ(笑)


◆いよいよスタート

前回の豊平川ラン&ウォークではスタートから3-4kmまでは前後左右人がいっぱいで,自分のペースで走ることが出来なかった教訓から,今回はかなり前方のスタート位置を狙います。

まだスタートまで30分近くありましたが,ジャージの上下を着てスタート位置に向かいました。

すでに自衛隊のブラスバンドの方がよく運動会で鳴っている曲(曲名は?)を演奏してくれています。気分は運動会!

スタート位置にはすでに50-60人は並んでいます。やはり若い人が多く,実業団や学生の陸上部風の人たちが多いようです。

私は前から13人目。横には10人以上並んでいたはずですから,120-130のかたまりの中にいたということです。

身体が冷えると思いジャージを着込んでいましたが,周りの人たちはすでにランパン&ランシャツ姿です。

自分もジャージを脱いで近くにいた女房に手渡しました。すると女房が小声で私に,「すぐ後ろにいる人,ム○オさんじゃないの?」って訊いてきました。

ふり返って見ると,何と!あのス○キム○オさんです。それも私の真後ろに立っています。

バッチリ眼が合ってしまったので思わず手を差し出し握手をしてしまいました。なんで俺が握手せにゃいかんの?って一瞬思いましたが,すでにガッチリでした(^_^;

近くにいたお付きの人がすかさずカメラでパチリ!ありゃぁ~,新聞に載ったらどーしよー(-_-;)

心臓がドキドキしましたが,考えてみれば悪いことをしたわけじゃないし,ましてマスコミになんか出る性質のものじゃないことに気づき,その後は平静を装いました。

もしかして今回のレースの地獄のような苦しさは,この時の握手でパワーを吸い取られたせいなのではないでしょうか?(^O^;

あの人はいつもレース前には人と握手をしてパワーを吸い取ってるとか…。そんなことありゃしないか!

そんなバカな考えをめぐらせているうちに,いよいよスタート時間が迫ってきます。大会主催者の千歳市長さんの挨拶に続き,まさにスタートの号砲です。

バァーーーン!

今回は前方に位置していたので,ぱーん!ではなく,バァーン!と大きな音でピストルが鳴ります。

廻りが当然のことながらいっせいに飛び出します。自分もストップウォッチをスタートさせ,迷惑にならない程度のスピードでスタートします。

さすがにトップ集団は凄い勢いで飛び出していきます。後ろからぶつかってこないよう,横はずれにコースを取り,速い流れにつられないようにしたつもりです。

それでもラップは8:59:15(2km)でしたので,ペース的には突っ込みすぎていたのでしょう。

公園の中や山の中に入り林間コースでは緑が多く空気も爽やかな気がします。気持ちもまだ余裕がありまわりの景色を楽しみながら走ることが出来ます。

結構自然倒木や人の手で切り倒した木が多く,去年の台風の被害の多さにビックリもしていました。

林間コースの砂利道も思ったよりデコボコしてなく,若干石が転がっていたり路面にへこみがあったりしましたが,概ね走りやすかった記憶です。

ただアップダウンはけっこうあり,極端な登りや下りはないものの,このあたりからすでに足にきていたのでしょう。

今回,私がペースメーカーとみなした方は,ピンクのタンクトップを着ていた女性のランナーさんでした。

5kmから15kmあたりまで常に私の前方を走っていて,ペースも一定の方でした。一度給水のときにそのランナーさんを抜かしましたが,すぐ抜き返されました。

自分が苦しくなったときにも常に10m先くらいを走っていたので,ある意味良い目標であり,刺激にもなりました。

近くを走っていた二人組みの男性も,「今日の目標はあのピンクの女性だね!」って話していたのが聞えました。

結局15km過ぎには抜かしたのですが,約10kmのペースメーカーをありがとうございました!(^^)/

本格的な山道に入ると,さすがにアップダウンが厳しくなりました。長い上り坂ではないのですが,あがったり下がったりでペースを維持するのに体力を消耗します。

このあたりでの前半のハイペースが後半の失速に繋がったのでしょう。豊平川ラン&ウォークでの後半の頑張りが今回はまったく出来なかったのも前半の体力消耗にあると思います。

上りではスピードを落とさないようにし,下りではストライドを広げすぎて足に負担がこないようピッチを早めたりしながら自分なりに工夫しました。

気温もどんどん上がり半袖Tシャツでは暑かったようです。汗が髪の毛からパラパラ滴り落ちるのを感じます。今日はランシャツランパンで十分でした。

折り返し手前10kmのエードで給水を摂るともうトップ集団が折り返してきます。しばらく走っているとLEONさんが折り返してきました。ここでハイタッチです!(手があたって良かったー)

LEONさんにはすでに約4km地点で抜かされていて,頑張ってねーの激励とともに走り抜けていました。

折り返しの赤い三角にはロータッチをしてターンしましたが,後ろを走っていたおじさんが,ターンした途端足を滑らせ転倒してしまいました。

大丈夫ですかー?と声をかけましたが,すぐ立ち直り走り始めたのでダメージは少なかったのでしょう。

これからターンするときにはスリップには気をつけなければと思いながらの折り返しでした。

10km 46:15

折り返しからしばらくすると長い上り坂になりました。この上りが辛かった。

この辺りではピンクの女性を見失っていました。ペースを落とさないようにするのがいっぱいで,周りを見る余裕なんてありません。

呼吸こそスッスッハー スッスッハーでまだ乱れていませんでしたが,足回りに疲労が蓄積しています。

大腿部前面が重く足が上がっていない感覚です。この頃から,最後までこのペースで行けるんだろうかと不安がよぎるようになってきます。

国道を横断するポイントが2箇所あり,事前に走友さん方から,渡れるなら頑張って同じ集団に入って一気に渡ってしまったほうがいいよ,って言われていました。

止められると20-30秒のロスタイムになるからです。

幸い自分は2箇所とも止められずに渡ることが出来ましたが,2箇所目ではすでに待たされてる集団が見えていたのですが,私がやっと近づいたときに渡るタイミングになりラッキーものでした。

この国道に出てからどんどん苦しくなってきます。呼吸はまだ一定なのですが,胸が気持ち悪いのと,めまいがしてきました。頭がくらくらしてきました。

時計を見ると少しずつラップが落ちてきています。

どーしてこんなに苦しいんだろう?豊平の時には呼吸こそ苦しくなったけど,こんなに酷くなかった。最後15kmからペースアップしていったのに,今回はゴールまで行けるんだろうか?本気で心配になってきます。

国道から公園に沿った道に入り千歳川沿いに走り始めると,疲労度もピークに達しています。

日差しも強くなり青空の気持ちいい天候なはずなのに,そして千歳川のキラキラ光る川面を見ながら新緑のすがすがしい森林浴ランになるはずだったのに…。

気分は最悪です。吐き気が強くなってきました。立ち止まったら止めることが出来なかったでしょう。

確かに景色はキレイで,千歳川の淵などを見るにつけ,きっとここにはヤマベかアメマスがいるんだろーなと思ってると,ここでは釣りを禁止していますとの看板が見えたりしていました。

この河川敷には少し広く芝生になっているところがあって,数組の人方がテントを立ててデイキャンプをしていました。

応援してくれてはいるのですが,片手にビールやおつまみを持っての半ば冷やかし応援です。

はぁはぁ~,この場所が皆さんが言っていた,例のジンギスカン匂いぷんぷんの完走意欲減退ゾーンなんだなーと,ある種の納得感を覚えます。

まだお昼前で準備してる最中だったのか,炭の匂いはしましたが肉の匂いがしなかったのは勿怪の幸いでした。

さていよいよラスト2kmの看板が見えてきました。もー,気持ちだけで走ってるようなものです。

ラップが落ちているのはわかっているのですが,最後のスパートをかけるどころか落ちるのを食い止めることも出来ません。

この一番苦しいところでこあきさんの応援です。赤いヘルメット姿で頑張ってー,と手を振ってくれます。

豊平ラン&ウォークの時も最後の苦しい所での応援,本当に力づけられます。ありがとうございます。

20km 1:34:04 (47:02)

往路から47秒の遅れです。タイム的にはほぼイーブンといってよいのでしょうが,自分的にはどんどんラップが落ちていく中で,知らず知らずのうちに遅れを取り戻していたのでしょう。

残り4kmあたりで時計を確認したときに,このままのペースでは100分切りは無理だと半ばあきらめかけた時もありましたから。

さすがに最後の1kmからは息も切れ切れになりましたが,最後2km地点までは足は苦しいものの,呼吸は意外にも一定を保っていました。

今思えばそれは最後のスパートをかけるどころかタイムが落ちていったままだったからだと思います。

豊平では残り2kmでスパートをかける力が残されていたから,あれだけ無呼吸状態(アネロビック)でも最後まで頑張りとおせたのでしょう。

今回はめまいと吐き気との戦いでした。

ラスト1km,クルクル回りだした頭で,

もーダメかもしれない,

我慢できないかもしれない,

今この応援の人たちが並んでる沿道で吐いてしまったらどうしよう。

こみ上げてくるものを抑えるのに必死です。

女房が沿道から○○○ー!と声を掛けてくれます。

軽く手を挙げるのが精一杯。

ゲートが見えてきました。

時計を見ます。

このままだと100分を超えてしまうかもしれない。

でも気持ちが悪い。

ゲートまであと少し。

何とかこらえなきゃ。

カメラマンが上のほうからカメラを向けているのが一瞬見えました。

必死に吐き気をこらえます。

自分の周りには二人のランナーが。

自分だけが後退していきます。

ハムストリングスが攣りそう。

ノドがカラカラで胸はムカムカ。

ダメかもしれない…


最後はやっとのことでゴール!

FIN 1:39:06


◆ゴール後

苦しかったー。

ゴール直後はホントに吐いてしまうかと思いました。

最後1kmのラップは5:02です。21kmのなかで一番遅いラップです。ラストのスパートはかけようにもかけられなかったという事実です。

抑え抑え歩いてイベント会場への坂を下っていくと,完走後サービスのジャガイモを,係りのおばさんが目の前に差し出してくれます。

うっ!今受け取ったらその場で出してしまうかもしれない。(失礼)

そんな無礼なことは出来ませんので,手を振りながらイヤイヤと意思を伝えます。(もちろん後でもらいに行きましたけど 笑)

シートに戻りストレッチをすると何度も大腿筋が引き攣ります。立ち上がり少しだけ歩きます。

気分が戻ってきましたのでジャガイモをもらいに行きます。お皿には中くらいのが3つ。バターもついていて,二つは女房にやり,1個だけ自分で食べました。美味しかったー。

ゴール地点でスポーツドリンクのサービスがあったので飲みに行きます。ゴール直後は水も受けつけない気分でしたから。

お昼の時間になりましたので,応援してくれたLEONさんの奥さんやウチの奥さんたちと一緒に,手作りお弁当を食べました。

ウチのはビールを買ってきて飲んでいましたが,さすがに私は飲めませんでした。内臓のダメージが大きかったのでしょう。

少し休んでから完走TシャツとRCチップを返しに行き,ついでに道新スポーツの予約もしてきました。

掲示板を見るとすでにハーフの速報が出ています。正確には新聞を見てから書きますが,確か300番台だったような気がします。

そのうちフルの人たちが帰ってくる時間になりました。

LEONさんと橋を渡ったところで待つことにしました。そこの歩道奥の草っぱらでは○○○○スポーツの会員の人たちが,レース後の焼肉をしています。

こんな選手が最後苦しんで走る横で焼肉をするなんて,なんてヒドイ人たちなんでしょう!と思っていましたが,中の一人の少々酔ったおじさんが通る選手みんなに頑張れよー!いい走りだぞー!って応援しています。

でもあの焼肉の匂いはいかがなもんでしょう?

3時間前後にはパパさんが先にやってくるだろうとLEONさんと待っていたのですが,なかなか来てくれません。

江別市民さんは当の先にゴールしているのに,まだ現れません。いよいよ心配になり…

「何かアクシデントがあって収容車にのっているのでは?」
「いやいや,千歳川を泳いでやってくるかもしれない!」
「もしかして,ますたーと手を取り合って走ってくるかも?」

と勝手なことを言っていたのですが,まさか3番目が事実となって眼前に現れるなんて!

遠くに見えたときにはうれしくて思わず飛び上がったほどでした。

この歴史的な一瞬はしっかりとカメラに写させていただきました。(アナログでピンぼけですけど…)

後日この貴重なショットはしかとカクサンにお届けしようと思っております。

そんなんで無事千歳の1日が終わり,帰宅の途につきました。

翌日は今まで経験したことが無い程の筋肉痛。階段を下りるのがつらいのなんのって…。疲労抜きランなんか出来そうにもありませんでした。

幸いにも100分を切ることが出来たものの,今回は完璧に甘く見たツケが後半の苦しさとなったのでしょう。

コースの状況を見てのペース配分,前半の突っ込みすぎは後半の失速を誘う,レース前の調整の難しさ等等。

今回のレースで勉強になった点が沢山ありました。マラソンの奥深さもしみじみ感じました。

でも楽しかった!またレースに出てみたい!

ただフルにはもう少し時間が欲しいのが正直なところです。

どーしよう?どーしよう?

今回のようなキツいレースならフルなんてとんでもありません。

まずは釧路の30kmに向けて練習開始です。

明日から頑張ろー。                    

(おしまい)

自己時計によるラップ

8:59:15
9:11:31
4:38:77
4:41:89
4:38:03
4:37:28
4:39:71
9:26:14
4:47:63
4:50:64
4:36:59
9:33:70
4:55:26
4:50:16
4:51:91
4:44:83
5:02:13

Fin 1:39:06

年代別 620人中99位
総合 1684人中226位


テーマ=マラソン - ジャンル=スポーツ

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2005豊平川ラン&ウォーク ++++++++ マラソン大会の完走記2004-2005

2005/05/05 13:58

日刊スポーツ 豊平川ランウォーク 完走記

2005年5月5日(木)こどもの日
真駒内競技場~豊平川河川敷⇔東橋
ハーフレース 21.0975Km

最高気温10.7℃
湿度60%
北北西8m/s

2005ラン&ウォーク




初マラソンが昨年11月21日の「さっぽろさよならマラソン10km」でした。
それから5ヶ月間のほとんどは雪に閉ざされたここ北海道の札幌です。
さよならマラソンまでは1ヶ月間という,トレーニングとは言えない練習期間しかありませんでしたが,今回は5月初めのこのレースまで充分練習が出きるぞと思ったのは少し浅はかでした。

いざランニングしようと思った頃には雪がちらつき始めていました。実際,寒くて外を走ることは出来ません。他のベテランランナーさん方は朝早くに起きて,早朝ランというものをやってるらしいとは聞いていましたが,とても自分では出来っこないやと,やるまえからあきらめていたものでした。

そんなときランナーさんの納会でお知り合いになった方々から,つどーむという「冬のランナーの聖地」と呼ばれている練習場所を知りました。もちろん「つどーむ」は知っていましたが,ランニングコースなるものがあるとは知る余地もありませんでした。

早速12月4日に初めてつどーむに足を踏み入れました。(初つどーむラン感想記はフリーページございます)
確かに良い環境で走ることが出来,冬場のランニングはここに限るな!って思いました。それから何度通ったことでしょう。

ただ,走ってるときは良いものの,走り終わった後,急激に身体が冷え込んできます。休憩場所のストレッチマットをひいてあるところに,パネルヒーターは設置されているのですが,何せあの広さです。暖房があって無いようなもの。風邪を引きそうになること何度もありました。

なので本格的な外ランが出来るようになる4月までの練習は,つどーむとジムでのトレッドミル走がほとんど。たまに出張先の釧路で数キロ走るのが唯一の外ランでした。

2月には流行した風邪にやられなかなか走ることも出来ず,月間走行距離もなかなか伸びない状況でした。
12月105k,1月135.7k,2月100k,3月185.5k,4月254.6kと,やっと外を走れる4月になって200オーバー達成でした。

ただ,フィットネスでのエアロの回数は順調に増え,持久力系筋トレのフィットバーベル(今はプログラムがありませんが)も回数を重ねるうちにウェイトの重さも増えていき体力がついてきていることは実感できた期間でした。さらにトレッドミルでのスピードも,11.5k/h-12k/hまでの間で走れるようにもなり,入会したての頃,8k/hくらいでハーハーいっていたころとは段違いの早さにはなっていました。

この頃やっと長い距離を走れるようになり,走友のおおひろさんに励まされ,初めて連続20k走や30kを走ったのもつどーむであり,走友の皆さん方との合同ランです。

自分一人での練習ではどうしても長い距離を走るのは難しいものです。そんなときに先輩走友さん方と走ったり,情報を交換したり,他愛の無いお話をさせていただいたことで,練習を続けられたのだと思います。アフターはもっと楽しかった~。

前振りが相当長くなってしまいましたが,この初ハーフ完走までの5ヶ月間の事はまだまだ書き足りません。風邪で練習がままならなかった時のことや,先輩走友方との交流のことや,筋トレが面白くなり個トレメニューまで作ってもらったこと。雪の中を走るシューズが無く,なくなく女房に買ってもらったことや(笑),エアロも自分では進歩したと思い,樋口スタジオに他流エアロに出掛けたこと,ETC…

いろんなことがあったこの5ヶ月間でしたが,いよいよ今日が本番,人生一回きりの「初ハーフマラソン」です。


5月5日(木)祝日こどもの日 レース当日朝

前夜,眠れないとどうしようと,寝つきの悪い自分は心配しながら目覚ましを5時半にセットしました。マラソンのスタート時間は9時50分。自宅を出るのは7時ちょっきりの予定。

思いがけず早めに寝つくことが出来た前夜でしたが,さらに思いがけず目覚ましが鳴る前の5時20分頃に何故か自然と目が覚めました。これが体内時計というものでしょうか?(笑)すでに起きている女房は朝ご飯と持参するおにぎりなどの用意をしてくれています。

以外と早く起きたので早速ゴロと早朝お散歩です。身体をほぐすこととストレッチを兼ねます。さすがに空気はひんやりとしていますが,気持の良い朝です。これで風さえ出なければ最高なんだけど,と思いながら20分ほどの散歩をしてきます。

朝食はご飯の和食です。温泉たまごをご飯にかけ,昆布の佃煮やザーサイ,とろろこぶのみそ汁ですませます。
あまり食べるとお腹が痛くなるおそれがあるので腹8分目くらいにしておきます。そのかわりお水は朝起きてから,さらに会場に着いてからも飲み続けました。アミノバイタルプロの粉末も一緒に飲みます。

用意も万端整い,女房,愛犬のゴロと一緒に7時ちょうどに出発です。さよならマラソンの時にもそうだったのですが,行き帰りは女房が運転をしてくれました。緊張したレース前や疲れたレース後の運転はキツイものです。改めて声にならない感謝をしたものです。

公園近くにあるスーパーの駐車場には警備員が「マラソン関係者の無断駐車お断りします」のプラカードをもって立っていました。そんな輩が以前多かったのでしょう。我々2台は河川敷の駐車場(もちろん無料)に車を停め,公園内に向かいます。芝生側にはまだ人もまばらで楽に場所を確保することが出来ます。

最終1キロの看板が出てからスタジアムに入るまでの苦しいところ,スタートしてから河川敷に出るまでの以外に長いコース等,懇切丁寧に教えてくれました。このアドバイスがどれほど最後のスパートの息ができ無くなるくらい苦しいところで役に立ったか!

再びテントに戻るとポン太さんご夫妻,カッチ&トモのご夫妻,LEONさん,マスターさん,姿煮&こあきさん,おおひろさんと続々お仲間さんがテントに集まって来ます。

ここで迷ったのはウェアです。青空はのぞいているのですが,風が有り若干肌寒い気温です。下はランパンでいこうと決めてはいたのですが,上が決まりません。ノースリーブシャツの上にランシャツを着るか?いっそランシャツランパンでいってみるか?迷いに迷った末,昨夜あらかじめナンバーカードを着けておいたランシャツ1枚でいくことに決めました。

結果的には風が吹くところでは寒さを強く感じましたが,無風で太陽の陽を浴びながら走るところではちょうど良い感じでした。しかしかなりの寒さを感じていたので,正直言うと全体的には少し薄着すぎたようです。

さらにグローブをし忘れたのは大失敗でした。走ってる最中も手がかじかんでストップウォッチを押すのにも苦労したほどです。この季節に走るにはまだまだグローブの必要性を感じさせられました。ただ,グローブをすると逆にボタンを押しにくいという面もあるので,その辺はどっちもどっちでしょうか。

ウェアも決まり軽いjogに出掛けます。ここで靴ひもの具合を調整し,さらに少し走ってみてから再度の調整をする。そうすることで微妙なヒモの強弱を調整できるというアドバイスです。なかなか本格的だなーって感心したものです。

そうこうするうち,スタート時間の約10分前になりました。以外と緊張はありません。やっぱり寒かったかなーって思っている自分です。スタジアムの中に入るとすでにスタート地点には人がイッパイです。かたまりの後ろ3分の1あたりにマスターが並んでました。私はマスターの隣に。

前の位置に離れる前に,「くれぐれもキロ5分で行って下さいね。前半突っ込まないように」と再度アドバイスをくれます。ここで気持は決まりました。やはり前半はイーブンペースで,余力があれば後半にスパートをかけよう,と。

主催者側の挨拶も終わり,日刊スポーツの営業部長さんがスターターのようです。(確か?)

隣のますたーと,どこにいるんだ?どこで号砲ならすんだ?って伸び上がって探してるあいだにピストルがなりました。やられた~(笑)

パーン!(後ろなのでやはり音が小さく運動会を思い出す)

9:50 ハーフマラソンスタートです!

ー往路ー
いざ走り出しましたがスタートゲートまでの間は歩く程度でしか進めません。こんなに人がいるんじゃ仕方ないよなー,って思いながらのスタートでした。ゲートをくぐり競技場の外に出ますが,やはりこの人数では前後左右にピッタリ人がいるので同じかたまりで走るしかありません。

中には人を押しのけながら前に出る人がいたり,コースから外れて芝生の中を走って抜かしていく人もいます。そうしないと後方からスタートした人達はある程度ばらけるまで,同じ位置にいるしかありません。

公園内を団子状態で走っていたので,女房がどこにいるのやらまったくわかりません。それでもおおひろさんの姿を見つけ手を振ります。

そのうちに後ろから肘の辺りをつんつんというかゴンゴンに近い形で押されました。ふりむくと口ひげを生やした厳つい顔つきをした毬栗頭のオヤジでした。少し横にそれるとそのすき間から分け入って前に進んでいきます。

あ~,これがOgamanさんが書いていた「つんつくつん攻撃」なのかなー?って一瞬思いましたが,これってつんつくつんどころじゃないよなーって,怒りの方が先に立ち,とてもじゃないけど今日の料理のテーマ音楽は流れませんでした。(笑)

そんな団子状態で走っているといきなり1キロの表示が現れ,慌てて時計を見ると,何と6分28秒も過ぎているではないですか!さすがに焦りました。だってスタート前にくれぐれも5分ペースでって約束していましたから。気持は逸るのですがどうにもなりません。

しかしそこから堤防まで,そして河川敷に降りて3キロの表示が現れるまではなかなか抜かせません。2キロのラップを押し忘れているのも,何とかして前に出ようと焦りながら走っていたからでしょう。それにあの毬栗頭のオヤジを追っかけていたこともあります。

そのオヤジはさすがに人をかき分けて前に出るのが巧く,左右に身体を振りながら芝生に出たり,少しのすき間を縫って前に行ってます。さっきのつんつんで多少ムッとしていた私は,このヤロー,いつか抜かしてやるぅー,と後を追いながら走るのですがあまりの混雑さにオヤジほど前に出られません。

そのオヤジさんは確かに走力もあるのでしょう,いつの間にか見えなくなってしまいました。

そんな追っかけをして4キロを過ぎた辺りからやっと5分を切るペースで走れるようになりました。河川敷のコースも人との間がようやく出来始めました。

ミュンヘン橋と22条橋の辺りでしょうか,うしろからマスターが「いいぺーすだねー」って声を掛けてくれました。スタートから少しストレスがたまるような走りでしたので,ここでマスターに声を掛けられ,とってもリラックスした気分になりました。

よーし,スピードあげたろー。幌平橋はさよならマラソンのスタート位置。あの10キロ初レース時のことを思い出しながら,今日は21キロだもんな,大丈夫かなー,などと思いを巡らせ豊平川を見ると,晴れ間から降り注ぐ陽の光を輝かせ,川面がキラキラと眩いくらいです。

初めはランシャツ1枚で寒かったのですが,風が止み日が照りだすととても気持の良いものです。南大橋ー7条橋ー豊平橋と気持ち良く走った記憶があります。このあたりがランナーズハイというところでしょうか。ラップも4分30秒台で走っています。

少し戻りますが,今回のレースで吸水したのは往路復路合わせて1回でした。吸水したのは河川敷に降りてすぐの2キロ地点のエードです。これまた初めてのコップ取りでしたが,巧い具合に1回で手に取ることが出来ました。

ただし手に取ってからも当然走ってるので手に水がこぼれ落ち,かなり濡れてしまいました。それでも1口だけ口に流し込みます。コメントでGOさんが吸水の練習もしておいたほうがいいですよ,ってアドバイスしてくれていたのですが,前日やるのを忘れていたのです。少し不安だったんですが,吸水も一応クリア出来て一安心です。

豊平橋の辺りでしょうか,先頭ランナー組が折り返してきます。先導の自転車の人が復路を空けて下さいと言いながら走ってきます。当然ながらものすごい早さで走り去っていきます。

まもなく折り返しの赤いとんがり帽子が見えていました。みなさんの完走記を読んでいると結構このとんがりにタッチして折り返しているので,自分もと思い進みましたが,間の悪いヤツです。外側を回ってしまい触れずじまい。残念なことをしました。

ー復路ー
折り返しからしばらくはイーブンペースで順調に走っています。呼吸もいつしか,すっすっはっはっ,と同じリズムで繰り返しています。呼吸が乱れてきたらペースダウンの証拠だと自分に言い聞かせ,このペースを15キロ地点までは維持しようと心しました。

すっすっはっはっの呼吸音のせいかはわかりませんが,後ろから近づいていくと走路を空けてくれる人もいました。なるべくこのリズムが乱れないようにと走り続けます。

15キロ地点までこのペースで行けたら,その後まだ体力的に余裕があるはずとラップを刻んでいきます。15キロまで行ったらスパートをかけてみよう。それも急激にではなく少しずつ。そしてラスト2キロからは全力を挙げてのスパートだ。そんな計画を立てながらの11-15キロでした。

実を言うとこの辺りまでは,確かに時計のラップボタンは押してはいたのですが,下段に小さく表示されるラップタイムはまったく見てなく,大きく表示されるスプリットタイムだけを頼りに走っていたのです。それだけ余裕が無かったのだと思います。

いよいよ15キロの表示が見えてきました。呼吸も依然,すっすっはっはっ,を繰り返しています。よし!これは後半つぶれることはないぞ。とペースを少し上げていきます。この辺りからラップは4分30秒前後,時には19秒というスピードで走ってます。

16-18キロ辺りでは,表示がおかしいと事前に走友さん方に教えられていたのですが,やはりそうでした。ラップを押したと思ったら次の表示が現れたり,なかなか表示が現れなかったりしています。

ミュンヘン大橋が近づいてきます。ここでは江別市民さんが応援のため来てくれているはず。思わず左の芝生側を走ります。先日の24時間走で足首を腫らせているのに申し訳ありません。

お互いに気が付き,手を上げると「最後の粘り,頑張れー」と励まされ,ハイタッチをして感謝の意を伝えました。24時間走ではうまくタッチが出来なかったので,今回はうれしかったー。

苦しい走りになってきたところで大きな元気を与えられ,更にスピードを上げていきます。最後の吸水場所が見えてきましたが,スピードを上げたことでわき腹が少し痛くなっていたので,あきらめて素通りしました。

ー最後の2キロー
藻岩橋から堤防に駆け登る坂道もピッチを落とすことなく駆け上がります。すでに呼吸は乱れに乱れています。
すっすっはっはっ,どころではありません。

いったん呼吸が止まるような感じで,ん~はっ,はっ,ん~,てな具合でまともに酸素を身体に入れることが出来ません。

中上級エアロを始めたころ,吸水タイムで無呼吸状態になって,ぜーぜー言ってた頃を思い出してしまいました。

しかしこの最後の2キロをペースダウンせず,逆にラップが上がったのは自分で言うのもなんですが,よく頑張ったなと自画自賛です。(笑)

でも苦しかった。堤防に上がって公園内に入ってからはホント心臓が口から飛び出そうなキツさでした。レース前,ここの少しの坂が結構厳しいんだよね,頑張ると5-6人は抜かせるよと教えてくれましたが,そのとうりのキツさです。

それでもペースを落とさず,ヒジを前後に思いきり振り,呼吸が苦しくなるけれど更に駆け上がります。10人以上は公園内で抜かしたと思います。

少しカーブしているところに姿煮さんとこあきさんがいらっしゃって,いータイムだよ!最後頑張って!と声援をおくっていただく。

あの辺りは苦しさで呼吸もろくにできないまま走っていたところです。この声援が大きな力になり残り1キロの表示を折り返します。

残り1キロのあたりではおおひろさんが声援をおくっていたとのことでしたが,もうその辺りでは残念ながら私の目には周りの風景すら写っていない状態でした。気が付かずに申し訳ありませんでした。

公園内のトイレがあるあたりから競技場に入るまでが最後の大きな苦しみでした。時計を見ると1時間39分になろうとしています。

後もう少しで競技場に入れる。後もう少しで100分を切れるかもしれない。でも後もう少しで転んでしまうかもしれない。

そのくらい気持は前に行ってるのですが,なにせ足がついてきてくれません。それでも腕を思いきり振り,もうここまで来ればフォームなんて関係ない,歩幅も大きく走ります。

いよいよゴールがある競技場が近づいてきました。時計を見ると39分40秒を過ぎています。アイヤー,100分は切れない!呼吸が苦しい。息ができない。

競技場の入口は少し急なアスファルトの坂になっています。転ぶことがあるので大けがにもなりかねないから注意が必要とアドバイスを受けていたところです。

そのとうり,最後のあの入口は危険です。少し抑えながら競技場に入ります。時計は50秒を過ぎています。

ゴールまでラストの直線,最後の力を振り絞って駆け抜けます。

ゴールゲートが近づいてきました。息が出来ない。足がもつれそう。ホントに転倒するかもしれない。

ゲート直前,電光掲示板の時計は1時間40分を表示していました。

ゴールゲートを駆け抜けます。

終わったー



ゴールするとパパさん,LEONさんが次々熱い握手をしてくれます。おめでとう,よく頑張った,初ハーフおめでとう。

うれしかった。おもわず目頭が熱くなりました。

時計を見ると40分13秒。チップを靴からはずし,係の人に返却します。水を飲ませてくれるブースが出ていたので一杯いただくと,完走証を奥で受け取って下さいと言われたので,競技場内の受付に行く。

パソコンとプリンターが数台並んでいて,その前に行くとナンバーカード(ゼッケン)に印刷されているバーコードを係の人がスーパーのレジみたいに読み取ってくれる。するとプリンターから私の完走記録証が印刷されて出てくるのです。

 1時間40分15秒。私のハーフマラソンデビュー公式記録です。

完走記録証をもってテントに戻ると女房,姿煮さんご夫婦,ポン太さんご夫婦も戻ってきており,完走を喜んでくれます。ポン太さんにはハーフデビューでこの記録は立派なもんだよ,と褒められうれしくなる。

あと15秒なんとかならんかったかなーって言ってると,こあきさんから,最初からそんなタイム出したらこれから縮まなくなるよー,ってからかわれたりしていました。

そのうちマスターも帰ってきて,お互い健闘をたたえあいます。ぱぱさん,おおひろさん,カッチ&トモさんとテントに戻ってきてしばらく今日のレースの話題に花が咲きます。

みなさんから,今年のどーまらにトーナメントするよう随分勧められました。せっかく参加資格が取れたのに参加しないのもどーまらに失礼だし,出場するならしっかり練習して参加しないとこれまたどーまらに失礼です。

正直まだ迷っているのですが,市民ランナーである限り,完璧な練習をして臨む人なんか恐らくだれ一人としていないだろうし,限られた練習時間の中で最大限の努力をするのが市民ランナーの本来あるべき姿だと思う。

そう考えると初フルが初どーまらでもいいのかなーって…。時間がないけど現在熟慮中です。

おしゃべりをしてるまにお昼を過ぎてしまいました。風邪気味で咳が出てきた女房なので,この辺で失礼してお先に帰らせていただきます。

帰りも女房の運転で本当に助かりました。これから毎回とはいかないですけど,慣れない初参加のうちは精神的にも緊張しているので感謝感謝の一言です。その一言がなかなか出ないんですけどね。(笑)

お腹も空いてきたので,さよならマラソンの帰りにも寄った,イタリア料理店に行ってみようかと話していたら,すぐそばに焼き肉店があります。

風邪気味の身にはやっぱ焼き肉だよねー,ってなことで焼き肉屋さんに GO!でした。(なんか文章がブログ風になってきたなー,お許しを 笑)

お互い生ジョッキを1杯だけ注文し,今回のレース完走に乾杯をします!グビグビグビ~,う~ん,ウマイ!
レース後のBeerはサイコーに美味しかった!

そんなことで,1日のうちまだ半分しか経っていないのですが,とっても長かったような,はたまた短かったような?とにかくこれから一生忘れられない1日となったのは間違いありません。

最後にこれだけは確信を持って言えることがあります。

この先,身体が動くかぎり,この素晴らしいランニング人生というものを続けていく気持になったことです。

(おしまい)

ゼッケンナンバー421
種目名 B.ハーフ 男子40歳~49歳
タイム(グロス) 1時間40分15秒
総合順位
405位 (1161人中)
種目別順位
140位 (316人中)

1k 6'28
2k
3k 10'04
4k 4'54
5k 4'29(0:25:58)
6k 4'42
7k
8k 9'19
9k 4'33
10k 4'39
11k 4'32
12k 4'38
13k 4'35
14k 4'44
15k 4'43
16k 4'19
17k
18k 10'19
19k 4'31
20k 4'22
21k 4'14(1:40:15)

ゼッケン2005


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